夢診療所36

その36)
「僕の失敗談で無駄な時間を使ってしまって申し訳ありません」
「いえ、結構なんですよ。ところで昨夜は夢を見られたのですか」
「はい、見たことは見ましたが、あまりはっきりしません」
「とにかく奥の解析室へご案内致します」
 受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと導いた。
「では、この中でしばらくお待ち下さい」
 A氏は久々に見る彼女の後ろ姿を食い入るように眺めていた。スカートの下からのぞく、太ももがことさらまぶしかった。しばらくするとドアにノックの音がして、心理士が入って来た。
「こんにちは、Aさん。調子はいかがですか」
「はあ、少し疲れています」
「どうされたのですか」彼女は他人事とは思えず、心配になった。
「昨夜、遅く田舎から帰って来ましたので運転疲れです」
「ご実家は福島でしたっけ。渋滞はありましたか」
「いえ、それほどでもありませんでした」
「それは良かったですね」
「はあ、でも大失敗をしてしまったんです」
「どうされましたか」
「大事な手帳やカードを入れた背広を実家に置いて来てしまったんです。今週末、また取りに行かなくてはいけませんので、精神的にも疲れました」
「そうだったのですか。肉体的と精神的な疲れを受けられたのですね。それは大変でしたね。それでは昨夜は沢山、夢を見られたのではないですか」
「それが不思議とさほど夢は見ませんでした。学校の教室が出て来て、僕はまた体育着と室内履きを忘れました」
「『また』と言われたのは、良くご覧になる夢なのですか」
「はい、たまに思い出したように見る夢なのです。僕は体育の授業に対して恐怖心を抱いていたようです」
「それはもしかして体育の先生に対して抱いていた恐怖心ではありませんか」
 心理士はモニターを見ながら、体育館へと向かうA氏の足取りをつぶさに追いかけていた。彼は教室から渡り廊下を通って体育館へと向かったが、映像はそこで途切れてしまった。
「僕は体育着も体育館履きもないので、体育館に入ることすらできなかったのです。体育の授業は既に始まっていたのに、どうすることもできなかったのです」
「あなたの体育に対する、と言うより体育教師に対する恐怖心が、あなたを体育館に入ることを拒ませていたのです。何故なら体育館に入れば、そこで嫌な体育教師に対面しなくてはいけなかったからです。あなたは忘れ物をしたことで、どれほど彼から怒られることになるかの状況に直面するのを避けたのです。それを裏返せば、あなたの体育教師は忘れ物にも全く容赦しない人物として、あなたの潜在意識の中に焼き付けられてしまっていたということです」
「中学・高校時代のことが、40年経った今でもそれほど深く心に刻まれているとは驚きですねえ」
「あなたは体育の授業であまり楽しい思いはしなかったようですねえ」
「はい、小・中・高と進むにつれ、体育は嫌いな教科の一つに成り下がったのです」
 その時、モニターには教室映像とは全く無関係の出版社の映像が映し出された。それを心理士は目ざとく見逃さなかった。
「学校時代の体育教師の影響は、あなたの深層心理にかなり暗い影を落としています。この件は今後も見守る必要があるとしまして、今回、意識に上って来た案件としては、出版についてのことのようですが、いかがでしょうか」
「そうなんです。今、僕の心を占めているのは出版関係の話かも知れません。昨夜、某出版社から手紙が届いたので、もしかしたら採用かと一瞬、胸がときめいたのです。ところが、それは単にアンケート調査の依頼だったのです」A氏は肩を落としていた。
「それはがっかりでしたね。その手紙の影響で出版社の場面が出て来たのですね」
「はあ、でもその場面が夢の中での場面か、単なる朝のまどろみの中での場面か、僕自身はっきりしないのです。いずれにせよ、僕にとってはコンテストに入賞できるかどうかが、一番の気掛かりですし、入賞したとして本を出版するのに実費を取られかねないのも心配の種なんです」
「入賞しても出版するのにお金がかかるなんてことがあるのですか」
「僕の杞憂に過ぎないかも知れませんが、例えば入賞金を2万円もらったとしても、出版費で100万円取られれば、差し引き98万円の出費になる訳ですから、その場合は入賞を辞退せざるを得ませんね」
「何かその出版会社は複雑なシステムを採っているようですわね」
「全くその通りです。僕も出版がこれほど込み入ったものだとは知らなかったのです」
 心理士も出版については全く生きた情報がなかったので、それ以上のコメントは控えた。A氏の将来を左右しかねない出版についての問題も、これから夢に出て来ることが増えることだろう。
 窓から見える空は、いつしかどんより曇って来て、A氏の将来を暗示するかのようであった。
  37に続く
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子は親に反発する3

子は親に反発する3

私の親は私が若い頃、じっと見守ってくれたことに今更ながら感謝している。恐らく母がクリスチャンになったのが、私の高校時代であったのが良い結果を生んだのかも知れない。また、もし早くからクリスチャンだったとしても余りうるさくは言わなかったと思う。私は余程のことがない限り、親から規制されずに自由に過ごすことが出来た。そのために悪い道に進みそうになったこともある。でも完全な悪へは進めないのである。
クリスチャン家庭に育った者にはある一線を越えられない良心とも言うべき心が育っている。親が放任していても子供は自分の心である程度、行動を規制しているのである。それを親がガミガミ言おうものなら子供は反抗的にならざるを得ない。そうすると子供は親の意図とは反対の方向へ動くことがある。それはひねくれとか天邪鬼とか呼ばれるものだ。本人は悪いことはしたくないのに、親から言われたことに反発するだけの目的で悪の道に走ることがある。

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夢診療所35

その35)
(帰省)
「こんにちは」A氏の挨拶は弱々しかった。
「こんにちは、Aさん。どうされましたか。元気がないようですねえ」受付嬢は心配顔で問いかけた。
「はい、昨夜遅く田舎から自宅へ帰って来たものですから少々疲れました」
「田舎はどちらですか」
「福島です」
「福島からだと3、4時間かかりますか」
「はい、昨夜は途中食事をしたり、休憩を入れましたので、5時間ぐらいかかりました。それに下の子が腹痛を起こして途中、芝公園出口で高速を下りたのです」
「そうなのですか。それはハプニングがあったのですね」
「ハプニングは実は、それだけではなかったのです」A氏は核心に迫ろうとしていた。
「他にも何かあったのですか」受付嬢は不安な表情になった。
「大変なことなのです。田舎に背広を置き忘れて来てしまったのです」
「それはとんだことでしたね。背広に大事なものが入っていたのですか」
「はい、いくつかの大事な物が入ってました。職場のIDカードと鍵と銀行のキャッシュカードなどです。その他に手帳やメモ帳も入ってました」
「それは、なければ不自由な物ばかりですね」
「はい、毎日使う物ばかりなので、昨夜、気づいた時にすぐ取りに帰ろうと思ったほどです」
「それほどまで考えられるとは余程重要な物だったのですね」
「そうですよ。IDカードがなくてはタイムカードが押せませんので不便ですよ。また、そのカードを使わないと通用口が通れなかったり、コピー機が使えないので不便なのです。また今週は給料日なのでキャッシュカードがないと金を下ろせないのも不便ですね」
「それはさぞかし気づかれた時にはショックだったでしょうねえ」
「はい、ショックなんてもんじゃありませんでした。自分を責める気持ちで一杯だったんです。何故なら、僕は二度も三度もその背広を忘れたら大変なことになると予感しながら、注意をしていたんです。何度も注意していたにも拘らず、最後には一番大事な背広を置き忘れて来てしまったことが、ショックでショックでたまりませんでした」
「はあ、本当にAさんのお気持ちをお察し申し上げます」
「でも、いつまでも悔やんでばかりはいられませんので、今週末に再び、田舎へ帰り、取りに行こうと思いました」
「一つ疑問なのですが、ご実家にはどなたもいらっしゃらないのですか」
「はい、義理の姉が月一回、掃除に戻ることにはなっているんですが、通常は無人状態なんです」
「なるほど、それでどなたかに送って頂くという訳にはいかないのですね。分かりました」彼女は納得したようだった。
36に続く

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子は親に反発する2

子は親に反発する2

人生の途中からキリスト教に改心した人たちは誰もがその時まで、この世的な利益や富を追い求めていた人たちである。この世的な快楽をとことんまで追い求めた結果、それらは本当の満足を与えてくれるものでないことに気づいた。そこで改心したのである。誰も子供の頃からキリスト教的ではなかったのだ。それをともすればキリスト信者の親たちは自分の子供たちをなるべく早くから改心させようとする。私はそれには賛成出来ない。キリスト教に改心するのは飽くまで子供たちに気づかせるべきだ。彼らが自発的に信仰に向かうようにすべきだと思う。
中途半端に世に染まった状態で改心したとしても、その有難さは実感できるものではない。また改心するためのエネルギーが湧いて来ない。海底深く潜って底を蹴ることで浮かび上がる力が出て来る。親は子供がこの世の悪に染まるのを神経質に捉えるべきではない。まして親の基準で悪に傾きかけた子供の行動を評価して規制してはいけない。子供には既に善悪を知る判断力はついている。その判断力に任せ親はじっと子供を見守ることも必要なのだ。

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能力か人か

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夢診療所34

その34)
「僕もこの時、これ以上彼女に触れたら、騒ぎが起きそうな気配を感じたのです。そこでそれ以上深入りするのは止めにしたのです」
「彼女に触れたいのは自然の心の動きですが、それを夢の中でも自制できるのは、Aさんの倫理性が向上して来た証でしょうねえ。若奥さんのイメージ自体が、あなたの想像のたま物でしょうが、彼女が拒否する仕草も、あなたの潜在意識が予測したものです。あなたは夢の世界でも、女性が拒否する場面を想定できるようになったということです」
「それは一体、良いことなんでしょうかねえ、悪いことなんでしょうかねえ」A氏は自分が進歩したのか、退歩したのか全く確信できなかった。
「私はAさんは進歩されてると思いますよ。潜在意識の中でも女性に触れることをセーブできるのは大したものですわ」
「はあ、そう言って頂けると嬉しいですね。しかし、驚いたのは性欲を処理した、その晩にもこうした夢を見るとは、男は心底いやらしいのですかねえ」A氏は困ったような面持ちだった。
「そうねえ、男の方はいやらしさの塊かも知れませんねえ。でも男性が女性に触れたいと思うことは、いやらしいことではないと思いますわ。性欲とスキンシップは全く次元が違うと思うのです。例えば我が子を抱きしめるのは性欲とは全く関係がありません。そこにいやらしさは存在しないのです。抱いたり、触ったりした結果、性欲が刺激されるかどうかが別れ道となるのです」
「そうですか。それを聞いて少し安心しました。スキンシップは自然な欲求と考えても良いのですね。触れる対象が我が子であったり、女性であったりすることにより全く趣が異なるって訳ですね」
「そう考えて頂ければ良いと思います。ですから性欲は全くなくてもスキンシップは有り得ると思って頂いて結構です」
「女性にとってもスキンシップは大事なようですが、性欲とは切り離して考えられてるのですか」A氏は女性の性欲に興味津々であった。
「私たちは女性同士でも手を握り合ったり、抱き合ったりして、スキンシップを大事にしています。女同士では会話の中でも、相手の腕や肩に手を置いたりすることが多いのです。それらはコミュニケーションの一種なので、性欲とは全く関係ありません。ですから会話をしながら男の方に身を寄せられたり、腕を触られても何ら不自然とは感じないものです。
 私たち女は全身に性感帯が張り巡らされています。ですから気に入った相手であれば、身体のどの部分を触られても快感なのです。たとえ満員電車で見ず知らずの男に身体をすり寄せられたとしても、それがあからさまな痴漢行為でなければ、理性とは裏腹に快感を感じてしまうこともあるくらいです」
 それを聞いてA氏はよだれを流さんばかりに、顔の筋肉を緩めた。
「え、先生でもそんな感情をお持ちですか。僕も何か勇気が湧いて来ました」
「はあ。私の話と勇気と何か関係があるのですか」心理士は彼の反応に納得できない様子だった。
「僕は女性がスキンシップに興味があることを知りたかっただけです。男はスキンシップより触ることだけに興味があります。男は触られたくはないのです。女性は納得すれば、触られることが嫌いでないことを聞いて一安心したのです」
「私たち女性は触れられることが基本的に好きです。ですが条件があります。好きなタイプの男性に触れられたいという条件です。それを世の男は勘違いしているのです。世の男の一部には、女性は誰からも触れられるのを好むと曲解している者がいるのは全く困りものです」彼女は深くため息をもらした。
「それは警告として受け止めましょう。相手の女性の意思を尊重するようにしましょう」A氏は納得したみたいだった。
「それではAさんもはめを外さないようにして下さいね」そう言いながら、彼女は機器を片付け始めた。
「ところで、Aさんの夢に故障した自転車が何故、出て来たのでしょうか」心理士は思い出したように尋ねた。
「それはですね。自転車のギアーを先日、一番軽い部分に設定した時に、チェーンが外れた経験をしたのです。さらに最近、早朝アルバイトをしようと考えている折に、自転車を通勤の足にもっと活用しようと頭を悩ませていたからです」A氏は立ち上がりながら、何かチャンスを窺っている風だった。
「そうだったのですか。今のお仕事の他に早朝の仕事をされるとは、Aさんもご苦労ですねえ。くれぐれもお身体に気をつけて下さい」彼女は帰りかけるA氏にねぎらいの一声をかけた。
 A氏はそのチャンスを見逃さなかった。振り向きざま、彼女の近くまで寄ると両手で彼女の右腕を優しく包み込んだ。二人はしばし無言のまま、視線を下に向けていた。彼女は握られた腕を振りほどく素振りも見せなかった。
 最後に彼はポツリと「有難うございます」と言いながら、右手だけを離しダンスでもするかのように、心理士の右肩をそっと右腕で包み込んだ。どの位の時間が流れたのだろうか。室内はすっかり夕闇の中に飲み込まれていた。
  35に続く

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子は親に反発する


子は親に反発する1

子供は親と同じ人生を歩む事は先ずない。子供は親を見て都合の良い所は模倣をするが、都合の悪い所は取り入れない。その辺りは実に合理的に割り切っている。従って親としては真似て欲しい所は子供に真似してもらえず、真似て欲しくない部分を真似されると言うことが良く起こる。
キリスト教の価値観はこの世的でない。親がキリスト教的であれば子は反対の路線を行くというのも真理である。キリスト教的な生活ははっきり言って貧しい。親は主義としてその貧し差を選択しているが、子供はその貧しさから抜け出したいと思っている。何故なら子供は素直なので忠実に肉の欲に従っている。そのため貧乏より金持ちが良いことを肌で感じている。社会に生きて自分に正直であれば、子供ながら貧乏より金持ちが良いと気づく。また金持ちの人から聞く話の方が実際、楽しそうではある。貧乏な人も心の平安を得ているかも知れないが、子供にとって心の平安と言った精神的な、眼に見えない部分の価値は把握しにくい。そこでどうしても彼らの関心は金持ちに向かうのである。

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夢診療所33

その33)
「さすが先生です。良く男の心理を見通されていますね」
「それはそうですよ。私は男の方の心理ばかりをずっと研究してますからね。自分の心理は良く分かりませんが、相手の心理は手に取るように分かってしまうのです」
「そうですか。先生の前に立つと心の奥底を見透かされたようで恐いですよ」
「あなたが何も疚しいことを考えられないなら、気にすることはないではありませんか」
「そうですね。男は変に下心を持つから、時に女性の前で言動がギクシャクするのですね」
「良くお分かりのようですね。それでは昨夜のことを白状して下さい」
「白状だなんて犯罪者のような言い方はよして下さいよ。何も包み隠しはしませんからね。もう、お気づきのように僕はパソコンで画像を見た後、すぐにトイレに駆け込み処理しようとしました。するとトイレをノックしたのは妻でした。僕は処理の最中に彼女に声をかけられ、一瞬萎縮しました」
「不倫の現場を押さえられたみたいですね」
「おかしな言い方は止めて下さいよ。僕は何気なく彼女に受け答えし、彼女がその場を去った後、すぐに果てました。その時、ふと思ったのです。もし妻がH画像を目撃していたらどうなっただろうかと。僕はトイレの中で思わず、身震いしました。こんな危険は二度と冒すまいと心に誓ったのです」
「今回、何故そんな危ない試みをしたのですか」
「僕はてっきり妻は、下の子と子供部屋で寝てるとばかり思ってました。それは思い込みだったのです。実は彼女は一人で、音楽室の隣の部屋でテレビを観ていたのです。その時、何故か子供は階下の部屋に行っていたのです。彼女は僕と息子の様子を見に部屋から出て来て、僕がトイレにいたのを発見した訳なんです」
「それでは奥様がもう少し早く部屋を出ていれば、AさんはH画像現場を押さえられていたことになりますね」
「そうなんです。本当に恐ろしい思いをしました」
「では夢の内容に入ることにしましょうか」心理士は機器のボタンで映像を進めた。
 モニターには自転車屋の若奥さんに、しきりに何かを説明しているA氏の手先が見えた。彼が差し出す手を避けるように、彼女は後ずさりしていた。
「Aさん、今度はこの奥さんにちょっかいを出しているのですか」心理士は苦笑いした。
「また先生、よして下さいよ。僕は自転車の不具合を説明してるだけです。自転車の変速が上手くできないので、近くの自転車屋に持って行った訳です。初め店の主人に話したのですが、後から若奥さんに仕事を振られたのです」
 モニターには次々、説明している最中にも、A氏の手が若奥さんの腕や手に触れる様子が刻銘に映し出されていた。
「Aさん、こんなにも彼女に触れる必要性があったのでしょうかねえ。自転車の故障を説明するには、不自然な場面が何とも多いようですねえ。彼女も困って、近くの娘さんに助けの目線を投げかけていますよ」
 事実、彼女はA氏からその身を避けるようにして、近くの娘たちのそばへ身を寄せた。
34に続く
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