夢解析器32 前篇

前編
「こんにちは、先日は二人でお騒がせしました」
「こんにちは、いえ奥様もいつでもお待ちしておりますわ」
「今日は秋晴れですね。朝晩も涼しくなりましたよね」
「そうですね。気持ちの良い、過ごしやすい季節に入りましたね」
「夏が終わると物悲しいですよね」
「あら、Aさん、秋に特別な思いでもあるのですか」
「いえね、秋には人を恋する思いが高まるんですよ。不思議ですねえ」
「そうですねえ。寒さに向かうと人のぬくもりが恋しくなるのですかねえ。私も暗い中、一人暮らしのアパートに帰ると急に淋しさを感じますよ。誰かいてくれたら良いのにと思うものです」
「そんな時は僕を呼んで下さい。すっ飛んで行きますよ」
「え、Aさんがですか」
「いや、冗談、冗談ですよ。心配しないで下さい。僕は夢で良い思いを味わったから良いのです」
「本当ですか。羨ましいですね。彼女ができたとかですか」
「まあ、それに近いですね、ハハハ」A氏は適当にごまかした。
「それでは奥にどうぞ」
受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと導いた。
A氏は受付嬢の背後にそっと忍び寄ると彼女の両肩に手をかけた。
「きゃー、Aさん、ちょ、ちょっと止して下さいよ」彼女は振り向きざま彼の手を払い除けようとした。
「あ、失敬、失敬。夢の中のようには上手く行かないものですね」A氏は全く悪びれる様子もなかった。
「Aさん、奥様がいないと急に大胆なことをされますね。女はいきなり背後から迫られると恐怖だけで満たされるのです。それに心積もりもないのに触られるのは不快だけを感じます」彼女はいまだにプリプリしていた。
「それでは前もって心積もりができていれば話は別ということになりますね」
「それは相手次第ですけどね。女の側にも触れられたい男性を選ぶ権利が当然あるのです。それとタイミングです。幾つかの条件が完璧に揃わない限り、女は男性に無闇に触られたいとは思わないものです。男の方は私たちを大分、誤解しているようですわ」
「男はいつでも準備が整ってますけど女性は違うのですね。良く勉強になりました」
「Aさんも女性には正面から正々堂々と近寄って行って下さいね。そして何より相手の気持ちを大事にして上げて下さい。では中で少しお待ち下さい」
A氏は検査室で待ちながらも手の平に残ったふくよかな案内嬢の肩肉の感触に暫し浸っていた。手の平は皮が厚いようでいて、神経は細やかに張り巡らせてあるのに驚くばかりであった。手の平や指先からの刺激は常に快く、瞬時にA氏の脳に到達するのであった。
そんな感触に酔いしれているとドアにノックの音がし、心理士が入って来た。
「こんにちは、Aさん。今日はお一人なのね」
A氏はノックの音に敏感に反応し、既に立ち上がって彼女の前に立ち塞がっていた。
「こんにちは、先生。今日は全く一人ですよ」言うなり、彼は彼女の両肩に手をかけた。
心理士は多少びっくりした様子だったが、特に彼の手を振りほどくでもなく、次第に平静にその行為を受け止めていた。
暫くお互いの気持ちを探るような二人であったが、心理士は静かにゆっくりと両手をA氏の腰の辺りに休ませた。彼は腰の感触を感じると途端にそわそわし出した。
「それでは解析を始めて頂きましょう」不均衡な状況を拭い去るように彼はその場を離れ席に着いた。
「そうね、始めましょうか」今度は呆然としたように心理士が彼に従って、A氏の向かいの席に着いた。彼女は先までの余韻を噛みしめているようだった。
「さっきは失礼しました」A氏は心理士が席に着くとポツリと言った。
「いえ、失礼でも何でもないわ。失礼と言えば、その気になりかけた私の期待に付き合って下さらなかった後半のAさんの方かしらね」彼女は無念さを秘めた微笑を返して来た。彼女はそんな思いを振り切るようにいつもより更に手早く機器のセッティングと済ませ、A氏の頭部にセンサーを貼り付けた。
二人が沈黙する中でモニターには一人の女性が肩を抱かれる様子が映し出されていた。
「あっ」とだけ心理士は声を上げ、映像に見入っていた。
「この方はどなたですか」彼女はやっと次の言葉を絞り出していた。
「この女性は同じ職場にいるM科長です。外来を担当しています」
「お顔が良く分かりませんが、あなたと同い年ぐらいですか」
「いや、少し上だと思います。正確な年齢は分かりません」
「あなたは夢でも先ほどと同じ事をされていたのですね。この様子だと夢の中での行為はもっとずっと積極的だったようですね」
モニターには陰の部分でA氏の手が彼女の胸をまさぐろうとしている仕草が見て取れた。
「この女性も目をつぶって、うっとりしてあなたのなす事に身を委ねていますね」心理士はいかにも悔しそうにモニター同期ダイヤルをつまんでいる右指に力を込めた。いきなりモニターはピピーという音と共に映像が中断した。

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