夢解析器25 前編

前編
「こんにちは、良く降りましたね」
「あらAさん、お久しぶりですねえ。やっと晴れ間が出て来ましたね。寒くなりましたよね」
「朝晩冷えるんで、布団から出るのが嫌になりますよ」
「本当にそうですね。いつまででも寝ていたいですよね」
「昨日は寒いのに外出したせいか、久々に夢を見ました」
「どこまでお出かけになられたのですか」
「Y運輸に面接に行ったのです」
「え、Aさん転職なさるんですか」
「いえ、滅相もない、アルバイトですよ」
「はあ、良く働かれますね」
「今の職場の給料が低くてやって行けないからですよ」
「そうですか。それは大変ですね。お身体には気をつけて下さいね。夢の詳しい事は心理士にお話し下さい。では奥へどうぞ」
受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと導いて行った。
A氏は中に入り腰を下ろし、流れ過ぎる雲を見ていた。昨日から今日にかけて風が強く、雲の流れが速かった。暫くするとノックの音がした。
「お待たせしました。Aさん、しばらくぶりですわね」心理士の元気そうな声が室内に響いた。
「あ、こんにちは、先生、久しぶりです。寒いですねえ」
「本当に寒くなりましたねえ。Aさん、痩せられてるからこれからは厳しい季節でしょうねえ」
「そうなんです。僕は冬が苦手なんですよ。先生あっためて下さいよ」
「また何をおっしゃいますか」彼女はどぎまきして、準備する手元が狂ってしまった。
「いえ、心をあっためて下さいという意味ですよ」A氏は付け足した。
「は何だ、そうでしたか」心理士は安心したような、がっかりしたような素振りをした。
「昨日は久々に2つも夢を見たんです。昨日、Y運輸に面接に行ったことが絡んでるらしいのです」
「何で運送会社に面接に行かれたのですか」心理士もA氏の仕事を知っていたので解せないでいた。
「アルバイトの口をもらおうとして行ったのです。でも結局、人事担当が休みで面接は出来ませんでした」
「それは残念でしたね」
「はい、ただ対応した豆タンクのような女子事務員と少し話しました。面接の日取りを決めようとしたのですが、今のところすべて埋まっていました」
「職を求める方が多いのですねえ」
「これから歳末が近づくと運送会社では仕分けや配送に人手が要るのです。そのアルバイトに皆が殺到している訳です」
「狭き門なのですね」
「僕は今まで何回か早朝仕分けのバイトをしましたが、面接さえ出来ないとは驚きました。後は連絡を待つだけです」
セッティングが終わったモニターには運送会社の倉庫らしき情景が映し出されていた。
「この場面はAさんが面接に行った運送会社の中ですか、それとも夢に見た別の場面ですか」
「これは夢の中の場面です。パレットと言われる木組の台が沢山置かれています。面接に行ったY運輸では見かけなかったものです。しかも外人が多く働いていますよね。これはどこかの輸出入会社の倉庫を連想させるものです」
確かに何人かの外国労働者がパレットの四隅にヒモ掛けをし、それがクレーンで引っ張り上げられている様子が映し出されていた。近くで年配の女性職員が作業内容を説明している風だった。
「彼女はどなたですか」心理士は気になったらしい。
「彼女は僕に色々、親切に倉庫での作業内容を説明してくれていました。その後、倉庫内から食堂にまで案内してくれて勤め始める段取りをつけてくれたのです」
「と言うことはAさんはこの会社に勤め始めるところだったのですね」
「はい、僕は夢の中でこの会社に勤めるんだという意気込みになっていました。輸出入の関連業務であれば将来性もあると心の中で考えていました」
「そうですか、倉庫の向こうには海が広がっているようで停泊した船も見えますね」
「はい、この倉庫から船に積み込む作業も行なわれているようでした。僕はそこに将来性を感じ取ったのです」
「もしかしたらAさん、あなたは新しい世界を探しておられるのかも知れませんね。今の職場に不満がおありなのですか」
「はい、最近少し仕事に物足りなさを感じて来てはいます。物品の動き自体が少ないせいか、改善のしようもないのです」
「それで輸出倉庫という活気のある職場が夢に出て来た訳ですね」
その時、急に画面が切り換わったと思いきや、モニター横の赤ランプが点滅し始め、「ピーピー」という音が響いた。

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不安と期待1

不安と期待1

不安と期待は裏腹の関係にある。未体験の出来事が目前に控えた時に感じる負の気持ちと正の気持ちである。指導する生徒との初めての出会いは不安と期待で始まる。自分が相手に教師として受け入れて貰えるか。その前に一人の人間として受け入れて貰えるか。それが心配である。人間関係では相性が鍵を握っている。相性の壁を上手く乗り越えられるだろうか。
第一の壁を乗り越えられたら、次には信頼関係を築かねばならない。信頼関係は一朝一夕で築けるものではないが、信頼関係を一挙に崩す事は一瞬で可能である。信頼関係の端緒に着いたら相手の弱点を見極める事が必要だ。その弱点を如何に効率的に補強出来るかは相手との二人三脚に掛かっている。一人相撲は取れないのである。

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怒り変換機 最終回

最終回)
「はあ、組合がボーナス闘争をした時に彼の時代錯誤的な考えを伝え聞きました。彼の考えによるとボーナスは給与とは違い、収入に直結した報償給として捉えられていたのです。だから夏のボーナス回答も2ヶ月の要求に対して平気で1.5ヶ月という数字を出して来たのです。僕はその時点で彼はズレてると直感しました」
「そうですよねえ。病院は儲けを優先する会社組織とは違いますものねえ。売上げだけでボーナスを算定するのは無理があると思いますわ」
「僕は病院と言う組織ではボーナスも生活給の一環として捉えています。それでないと月々の生活が成り立ちません。毎月の家計の赤字をボーナスで埋めているような情況ですからね」
「AさんのU事務長に対する不満は今後も尽きませんね。彼と個人的に話されたことはありますか」
「いや、殆どありません。僕は彼と話す話題がありません。彼も僕に個人的に話しかけて来るような人の良さがありません。全く取りつく島がない感じなのです」
「そうしますと先程、K医師の解析に適用したICチップは使えないですね。Uさんの個人情報が少な過ぎます。今回は性格分析ICチップを使うことにしましょう」
心理士は新たなチップを変換器横のソケットに差し込んだ。そして画像を事務連絡会の最中にまで戻した。U事務長は口角泡を飛ばし、興奮気味にホスピス献金の不当な使用法を糾弾しながらも、Tセンター長には事前に相談していなかった言い訳を盛んにしていた。
「彼の言動で不自然な点をICチップがキャッチしました。糾弾している相手が不在と表示されています。抗議する相手が目の前にいないのに興奮する性格が解析されました」
「どのような性格結果が出たんですか」A氏も興味深く画面を覗き込んだ。そこにはこう表示されていた。
{抗議する相手が不在にも拘らず興奮するのは、過去に遡って相手と自分を責めていることに他ならない。彼の外見は強碗そうに見えるが、内心は臆病なり。鼻の下のちょび髭は単なる見掛け倒しに過ぎず。彼は過去、S医師に徹底的にやり込められた節あり。今回はその鬱憤を当事者のA氏にぶつけたものと思われる。正攻法で攻撃すれば陥落はやすし}
補足) 
{Tセンター長の名前を出し、自分を責めたる事はT氏に対し非があった事を認めるもの。つまりU氏は位が下のT氏に対しても頭が上がらない立場を如実に示す。この事実はU氏の小心さと姑息さを相示す}

後日談)
結果的にハンディーエコーは購入されることになった。誰もホスピスのS医師には逆らえなかった。U事務長もホスピス献金の使用に批判的ではあったが、最終的にはS医師に従わざるを得なかった。T事務長も大きな流れには逆らうことはなかった。

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夢の検証318


夢の続き

箱根を越えて横浜を通って家路に着こうとしていた。箱根の山で既に日が暮れかかっていた。横浜辺りで道に迷いそうな予感もしていた。何時に家に辿り着けるか分からなかった。

検証318
かつて家族で箱根に行った時は長男が熱を出した。それにも拘らず旅行を強行した。箱根の山は運転にも気を使う。ナビがない時代は良く道に迷ったものだ。

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怒り変換機7

その7)
「では、その場面を音声入りで再現してみましょう」心理士はキーボード操作で画面を設定した。
「今、ホスピス献金使用について3つの要望が来ています。一番大きなのはS医師からの要望でハンディーエコーの購入です。見積りで100万円位ですが、一週間ほど試用したいと言うので日時を交渉中です。2年越しの要望であるので断り切れないところがあります。何しろ一度、言い始めたら諦めない先生ですので、いずれ正式に稟議で回ることになります」
「そのハンディーエコーは診療に必要なものですか」A氏の正面にいたT次長が質問して来た。
「はい、ホスピスでは体内に管を通す時にその先端が臓器を傷つけないか確認するために使用するそうです」モニター横のスピーカーからA氏の声が響いた。
「ホスピス献金だからと言ってホスピスの医師が優先されるのは問題なんだよね。ホスピスでもらった献金でも病院のものなんだから、各病棟で使われなくちゃいかん。このハンディーエコーにしてもS医師だけでなく他の医師も使えるようにして、ホスピスが独占することがあってはいかんのだよ。Tセンター長にも未だ諒承を得た話ではないんで、稟議を通して正規のルートで確認せなあいけないよ」U事務長は怒気を含んだ口調でまくし立てた。
彼が話し始めて暫くすると怒りを示す赤ランプが点滅し続け、「ピー、ピー」という音が途絶えることは無かった。
「僕は見積りを診療部に渡して診療部長を通して稟議を起こしてもらう積もりでいます」
「購入申請も慎重にせないけないが、購入後もホスピスに置いたままでS医師が独占するようなことがあるといかん。ロジスティックがしっかりしてもらわんといけない」彼は言いたい事だけを言った。
余りにも警告音が「ピーピー」鳴り続けて止まないので心理士は一旦、画像を休止した。
「このロジスティック課と言うのがAさんの所属部署ですか」
「このUさんはあなたとあなたの部署を責め立てていましたね。そもそもS医師はAさんにどのような依頼をされたのですか」彼女は経緯を知る必要があると感じた。
「はい、もう1ヶ月以上前に直接S医師から中古のエコーを探してほしいと頼まれたのが発端です。その時、彼ははっきりとU事務長の承認を得ていると話していたのです。僕は彼の言葉を信じて中古品を探しましたが、適当な機種が見つかりませんでした。予算は100万円以下と言う事でしたので、その価格で新品も当たったのです。するとN社から適当な機種の紹介がありました」
「それでしたら当初からUさんはこの件について知っていたのではないですか」心理士は不可解な表情をした。
「そうです。U氏がS医師に口約束したとしか考えられません。それにも拘らず連絡会では手の平を返したかのように、ホスピス献金をホスピス医師に使わせるロジスティックはけしからんと言う言い方をしたのです。僕はこの出来事も忘れないでしょう」
「Aさんも恐るべき経営者の下で働いておられるのですねえ。彼との係わりはこの2回だけですか」
「はい、直接の係わりは2回だけだと思います」
「直接とおっしゃいますとそれ以外の係わりもあるのですか」
最終回に続く

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青い鳥

青い鳥

人は青い鳥を求めて旅に出る。女性にとっての青い鳥は異性との心の結合だが、男の青い鳥は異性との身体の結合である。双方全く噛み合わない。男は秘境の温泉に行き期待して混浴露天風呂を目指す。ところがそこに待ち構えているのは老人の集まりである。旅に出て僥倖を手に入れるのは皆無に等しい。
実は寓話のように青い鳥は身近にいる。最近は出会い系サイトで相手を見付ける手段が増えたが、出会い系サイトは男女双方にとって危険が多過ぎる。何の保証もないからだ。それなら既に既成事実となった出会いの場所を選ぶ方がましだ。当然、男に支払いの義務が生じるが、お互いが受ける利得に対する代償の多寡を考えたら致し方ない事だろう。

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怒り変換機6

その6)
「これはS教団と言う団体が年末に行う募金活動の場面です。僕の病院が実はこの団体によって建てられたものなので、僕もこの日は駆り出されたのです」
「ああ、これが社会鍋と言われるものですか。私も渋谷の駅前で以前、見かけたことがあります。寒い時期なのに大変ですねえ」
「はい、寒さが一番こたえます。偶々この日U事務長も僕の横にいました。もう一人ハーモニカを吹く老人もその横にいました。ハーモニカの演奏を聞きながらU事務長はマイクで募金を呼び掛けていたのです。僕がそこに到着し、演奏が終わった早々、彼は僕にこう言いました。『Aさん、替わってくれる。自分達は休憩に行って来るから』僕はいきなりマイクを渡されて戸惑いながらも一人で通行人に募金を呼び掛けました。U事務長とハーモニカの老人は一緒にそそくさとどこかへ行ってしまいました」
「Aさんは一人残された訳ですね。それは心細かったことでしょう」心理士は同情を込めた眼差しでA氏を見つめた。
「ええ、一人で呼び掛け、合間には歌も歌いました。クリスマスキャロルです。一人女性が加わっていましたが、年配なので歌は歌わず、ただトラクトと呼ばれる小冊子を道行く人に配っているだけでした」
「どの位Aさんはマイクで呼び掛けながら歌ってられたのですか」
「30分以上はその状態が続いたと思います。僕にとっては長く感じられた30分間でした。身体は冷え切って声も震えて来ました」
「そうでしょう。辺りも薄暗くなりかけて来たようですもの。道を急ぐ人々もコートの襟を立ててますわ」
先ほどらいモニター横の赤ランプはつきっぱなしで「ピーピー」音がしていた。
「僕はこの一件でU事務長の素性を知った思いがしました。いくら職場の上司、いや待てよ、その当時彼の肩書きは単なる補佐で閑職だったのです。その彼に僕は募金の現場で命令される筋合いではなかったのです。それにも関わらず30分以上ほったらかしにされて酷い目に遭いました。それが僕の彼との忘れられない出会いの第一弾です」
「Aさんも災難でしたね。初めての出会いから悪印象を持たれていた訳ですね。最近その方との係わりは上手く行ってるのですか」
「とんでもないです。今朝も酷い出来事が起こったばかりです」
「それは一体どのようなことですか」
モニターには大きな会議室が映し出された。長テーブルを四角に囲んで会議が行なわれている様子だった。A氏の右隣には小柄な職員、左隣には小柄だが豆タンクのような職員が座っていた。左前方の角席には同じような体躯の職員、前方向かい合う席には中肉中背でがっしりした職員が座っていた。そして右手前方議長席には左側から血色の良い赤ら顔で年配の職員、その右には頭頂が禿げ上がり、顔も丸いが身体も丸いU事務長が座っていた。
「この会は毎週、月曜日の朝、行なわれる事務連絡会です。そこで各自が受け持った先週の出来事と今週の予定を発表し合うことになっているのです」
「出席人数は少ないのに広い場所で行なわれるのですね」
「そうです。この日も総勢6名でしたが、てんでんばらばら思い思いの席につきました。右隣のY君が報告した後、僕は先週の報告をし今週の予定を話しました。報告事項の中にホスピス医長のS医師から要望のあるハンディーエコーの見積り進行状況を説明しましたのです。するといきなりU事務長が声を荒げて詰問して来たのです。僕は呆然としました」
「Aさんは何か問題発言をされたのですか」
「僕にも皆目、見当がつかなかったのです」
7に続く

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性感帯

性感帯

女の性感帯は全身に張り巡らされていると言われる。男のそれは局部的集中型だ。そこで誤解が生まれる。女は男を喜ばそうと相手の全身に刺激を加えようとするが、受ける方の男はくすぐったい思いをするだけに終わり兼ねない。男の局部は拳銃のトリガーの役目を果たしている。
局部を刺激するには手淫が手っ取り早いが、味気ないので口で代用する場合もある。ところが口では根元が疎かになり用を為さない。従って最終的には手淫に頼らざるを得ないが、複合的手段を如何に活用できるかが絶頂へのポイントである。

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怒り変換機5

その5)
モニター画像は瞬時に切り換わり本当にボンヤリだが、幸せそうに過ごす家族の姿が映し出されていた。食卓を囲んで晩餐を楽しんでいた。その時、地震のように画像は上下左右に揺れ、食卓の皿は下に落ち、近くの食器棚からは茶碗や大皿が滑り落ち床で粉々に砕け散った。
「この室内の様子は何を表わしていると思われますか」心理士はA氏に向き直った。
「K医師の家庭の様子じゃないですか」A氏はモニターから目を上げた。
「Kさんの家庭が地震に見舞われるという情景は彼自身の不安を象徴しているのです。Aさんに給与削減の話を出されてKさんはすぐに将来、起こるであろう家庭の経済的危機を直感したのです」
「でも、良くK医師の家庭情況まで画面で捉えることができたものですね」A氏はこの変換器の威力に感服していた。
「それには仕掛けがあるのです。実はAさんの脳に蓄えられたK医師についての情報も使わせて頂いています。ですからKさんの家族構成やマンションに住んでいるらしい様子もモニターに映し出すことが可能となったのです」彼女はカラクリを説明した。
「それでやっと納得できました。つまり僕がK医師とかつて話して得た個人情報が役立ったと言う訳ですね」
「そうなのです。機械がいくら優れているとは言え、相手の映像のみから其の脳内部で考えている画像を吸い上げるのは不可能に近いのです」
「ところでK医師の不安を知ったことが、何か意味のあることだったのですか」
「あなたは未だ気づかれていませんか。さっきから怒りの赤ランプが消えているのですよ。替わりにその隣りにある悲しみの青ランプが点滅し始めました」
「とおっしゃると僕の感情が怒りから悲しみへと変化したって訳ですか」
「その通りです。AさんがK医師の心情にある程度、同化できたことで彼に対しての怒りそのものが消えたということなのです」
「先生、もう一人僕の心の中で怒りの対象となっている人物がいるのです」
「同じ職場の方ですか」
「良くお分かりになりましたね」
「ええ、先からAさんの脳内映像でしばしば頭が禿げ上がったチンチクリンな方が出ていらっしゃいますでしょ。私はこの方が怪しいとにらんでいたのです」
「正にその通りです。彼はU事務長と言って今年4月から着任しました」
「でも去年の画像実績にも登場した形跡が残っておりますね」
「へえ、損な形跡まで残されているんですか」A氏は驚きで目を見張った。
「そうです。Aさんの記憶回路から彼についてのすべての情報が抽出できるようになっているのです。それを一つのまとまったデータベースとして保持できます」
「はあ、じゃあ僕が彼に対して怒りを感じた情報も抜き出せるって訳ですね」
「ええ、それはたやすいですよ。映像を遡って彼が最初にあなたの前に現われた時からの記録を流してみましょう」心理士はキーボード操作で映像を映し出した。
大きなデパート前の人通りが映し出された。デパートの飾り付けや道行く人々の服装、慌しさから年末が近い様子が見て取れた。眼の前には大きな土鍋が三本の支柱に支えられて、道行く人々の邪魔にならない位置に置かれていた。時折その鍋に何人かの人がお金を入れる募金風景だった。
6に続く

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記憶の上塗り

記憶の上塗り

あんなに鮮烈だった記憶も一瞬で見事に掻き消されてしまうとは驚くばかりだ。正確に言うと掻き消された訳ではなく、新しい刺激が古い記憶に上塗りされたのだ。過去の記憶は単に視覚を通した記憶でありモノクロに等しかった。新たな刺激はフルカラーの映像のみでなく、指先や唇からの触覚刺激も加わっていた。過去の記憶がそんな劇的な刺激に犯されて形骸を留める筈はなかった。
長期間にわたり楽しませてくれた優美な記憶が掻き消されたのは残念だが、新たな刺激の強烈さに今更ながら驚きを禁じ得ない。たった一カ月前の出来事なのに記憶全般が革命的に変化した。今後も同種の刺激を与えられ続けたら記憶本体はどの様に変化するか予測がつかない。予測がつかない未来が広がっていると考えると生きる張り合いが増すというものだ。

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