良太の冒険16

その16)
(失敗)
その晩、良太の家は、竹輪カレーだった。彼は一気に平らげると、出掛ける仕度をした。「ちょっとガラス屋さんまで行って来るね」
「こんな夜に一体、何するつもりなの」母、美佐子は心配そうだった。
「ガラス屋のサブちゃんが子供達をリヤカーに乗せてくれるんだよ。夜のドライブさ」と言いながら、彼は既に外に飛び出していた。
夜7時だと言うのに、杉山ガラス店の前には子供達が4、5人集まっていた。中にはヨッチンも混じっていた。店の中からサブちゃんが出て来た。
「わあ、ぎょうさん集まったなあ。リヤカーに乗り切らへんで。ガラス運ぶより大変やな」とさっそくボヤキが始まった。
「どんなコース行きたいか、希望はあるんか」
「玉川神社の前を通って、砧公園ぐらいまでいきたいなあ」とガラス屋の洋子ちゃんが口を切った。
「他にはどうや」と言われて、良太はすかさず
「じゃあ、瀬田ハウスの前も通ってもらえますか」と普段とは違う、丁寧な口調で言った。
「分かったよ。瀬田ハウスは近いんで、最後に寄ろうや」と言って、サブちゃんはペダルをこぎ始めた。
夏の盛りではあったが、夜の冷気は肌に心地良かった。夕涼みには最高の娯楽だった。それは乗ってる子供たちにだけ言えることで、こいでいるサブちゃんは必死だった。
特に砧公園からの帰りの急坂はきつく、子供たちが何人か下りてリヤカーを押そうと言い出したが、サブちゃんは「大丈夫や」と言って、ぺダルをこぎ続け、坂を登り切ってしまった。普段、重いガラス板を何枚も運んでいた脚力が、この時、ものを言った。
いよいよ瀬田ハウスの前まで来ると、良太はヨッチンに合図した。
「ちょっと、ここらで休憩したいなあ」二人は声を合わせた。
「もう家は間近やないか」とサブちゃんは不思議そうだった。
「僕たち二人だけ、ここで降りて後から帰るから、先に行ってて良いよ」と彼らはリヤカーが止まりそうになった瞬間に飛び下りた。
良太とヨッチンは瀬田ハウスの門に向かって、上りの小道を歩き出した。
「こんな夜に門から入れるのかい」とヨッチンは心配そうだった。
「大丈夫だよ。門のカギは締まっていないはずだよ」と良太は自信あり気に言った。
実際、門には鍵はかかってなかった。彼らは鉄の門扉を通り抜けると、道路に面した塀に沿って歩き続けた。
「本当に、ここと教会は通じてるのかい」と再び、ヨッチンは疑いを差し挟んだ。
「本当だって、さっきも門に鍵はなかったろ。俺を信じろよ」と良太は少し気色ばんだ。
建物を左手に見ながら、砂利の小道を進んで行った。そして、やがて敷地の端に近づき、隣の聖ピエトロ教会を隔てる壁が見えて来た。そこに確かに扉らしいものが見えた。二人はさらに近づいた。するとヨッチンが危惧していた通り、それはしっかりと施錠されていた。
「神崎、行っただろ。扉は閉まってるよ。諦めて今晩は帰ろう」とヨッチンは早くその場から離れたがっていた。良太はしばし呆然として、何と答えて良いかも分からなかった。彼にとっての希望が一つ消えてしまった。
17に続く
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良太の冒険15

その15)
(決心)
最近、良太は気分が低調だった。転校生山口の人気が高まるにつれ、彼の存在価値は下がっているようだった。クラスでも次第に浮いた存在となり、邪魔者扱いをされるようにもなっていた。
彼は学校でのやり切れなさを埋めるために、何かしなくてはいけないと心を突き動かされていた。そんな時、再び、玉川霊廟と聖ピエトロ教会を結ぶ地下通路のことが頭をよぎった。
良太は昼休み、同じクラスのヨッチンに声をかけた。
「なあ、ヨッチン、今晩、聖ピエトロ教会に忍び込まないか」と彼は切り出した。
「え、神埼、急にどうしたんだよ。俺は夜、出歩けないよ」とヨッチンは面食らった様子だった。
「前に話したかも知れないけどな、あの教会と玉川霊廟は地下通路でつながってるらしいんだよ。俺は先日、倉品と玉川霊廟に行って、途中まで地下通路を探って来たんだ。今晩は教会からの通路を探そうと思うんだがなあ」と彼は一気にまくし立てた。
「夜、あの教会は門が締まってるぜ。門をよじ登る気かい」とヨッチンは不審気だった。
「いやなあに、瀬田ハウスから教会へ忍び込むルートがあるらしいんだ。今晩それを探したいんだけどな」
「そんな地下通路を探してどうするんだい」とヨッチンは怪訝そうな表情を見せた。
「地下通路の途中に財宝が隠されてるらしいんだよ」と良太は声をひそめた。
「ちょっと怪しいなあ。でも待てよ、今晩はガラス屋のサブちゃんがリヤカーに乗せてくれる約束があったんだ。それに便乗すれば、少しだったら、出歩けるかも知れないよ」
「よし決まった。夕食後、ヨッチンの家へ行くからな」
16に続く
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良太の冒険15

その15)
(決心)
最近、良太は気分が低調だった。転校生山口の人気が高まるにつれ、彼の存在価値は下がっているようだった。クラスでも次第に浮いた存在となり、邪魔者扱いをされるようにもなっていた。
彼は学校でのやり切れなさを埋めるために、何かしなくてはいけないと心を突き動かされていた。そんな時、再び、玉川霊廟と聖ピエトロ教会を結ぶ地下通路のことが頭をよぎった。
良太は昼休み、同じクラスのヨッチンに声をかけた。
「なあ、ヨッチン、今晩、聖ピエトロ教会に忍び込まないか」と彼は切り出した。
「え、神埼、急にどうしたんだよ。俺は夜、出歩けないよ」とヨッチンは面食らった様子だった。
「前に話したかも知れないけどな、あの教会と玉川霊廟は地下通路でつながってるらしいんだよ。俺は先日、倉品と玉川霊廟に行って、途中まで地下通路を探って来たんだ。今晩は教会からの通路を探そうと思うんだがなあ」と彼は一気にまくし立てた。
「夜、あの教会は門が締まってるぜ。門をよじ登る気かい」とヨッチンは不審気だった。
「いやなあに、瀬田ハウスから教会へ忍び込むルートがあるらしいんだ。今晩それを探したいんだけどな」
「そんな地下通路を探してどうするんだい」とヨッチンは怪訝そうな表情を見せた。
「地下通路の途中に財宝が隠されてるらしいんだよ」と良太は声をひそめた。
「ちょっと怪しいなあ。でも待てよ、今晩はガラス屋のサブちゃんがリヤカーに乗せてくれる約束があったんだ。それに便乗すれば、少しだったら、出歩けるかも知れないよ」
「よし決まった。夕食後、ヨッチンの家へ行くからな」
16に続く
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良太の冒険14

その14)
(砂ぼこり)
朝から風が強い日曜日だった。良太はこの日、砧公園に行きたかった。そのため朝から弁当まで用意してもらっていた。彼はやりたいと思えば、天候は気にならなかった。
昼近くになっても、風は一向に収まる気配がなかった。良太は出掛けることに決めた。親友の金子を誘うつもりだった。自転車を走らせると砂ぼこりが宙を舞っていて、先に進めなかった。
金子の家へ着くと、すぐに奥から彼が出て来た。良太はおもむろに言った。
「おはよう、予定通り、これから砧公園へ行こうか」
「え、この風の強い日にかい」と金子は驚いた様子だった。そして奥へ引っ込み、再び現れると
「母さんもこんな風の強い日には行かない方が良いってさ」と彼は全く外出する気がないようだった。
良太は愕然とした。もう、その場にはいたくなかった。彼は辛うじて一言言った。
「じゃ俺は帰るよ」
金子は彼がそんなにもガッカリするとは思ってもいなかったので、引き止めた。
「神崎、せめて家に上がって遊んでげば良いよ」
「いや、いいよ」と言いながらも、良太は急に悲しくなってしまった。眼から涙が出そうになるのを必死でこらえた。
「神崎、泣いてんのか」と金子は彼の眼を覗き込んだ。
「泣いてなんかいないよ。埃が目に入っただけだよ。じゃ、またな」良太はそれだけ言うのが精一杯で、そのまま駆け出していた。
家に帰っても悲しさが募るばかりで、砧公園に行けなかった無念さがこみ上げて来て、母親の前でも泣いてしまった。
15に続く

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良太の冒険13

その13)
(相撲大会)
良太はおくてであり、体力に自信を失いかけていた。周りの生徒が大柄になる分、彼は縮んでいるのではないかと思うほどだった。入学当初、後ろから5番目であった背丈も、今では真ん中ほどの順番になっていた。特に女の子たちが背だけでなく、横幅も成長している姿を見て脅威を感じてもいた。転校して来た山口は上ずえもあり、しかも肉付きも良かった。ひょろひょろとした良太には比すべきもない。彼は山口のそばでは圧迫感さえ感じるのだった。
体力に自信を失いかけていた良太にも誇れる競技があった。それは相撲だった。当時、相撲界では若乃花が全盛時代で、栃錦と合わせ栃若時代とも呼ばれていた。良太は小柄で技の切れが鋭い若乃花をひいきにしていた。技の中でも上手投げ・下手投げと言った、ひねり技が好きだった。場所が始まるとウキウキした気分になり、十両対戦からテレビに食い入るようにして観ていた。
学校では相撲に関して良太の敵はいなかった。休み時間でも、放課後でも強敵の金子を相手に、毎日のように相撲を取り続けた。お互い新しい技を試したくなると、二人で校庭の端にある砂場まで出向くのだった。
次の体育の時間は相撲だというので、良太は小躍りした。自分の強さを皆に示せる好機だと彼は考えた。女の子たちの前でも恰好良い所を見せられる。何にもまして足立に恰好良さを見せたかった。
「今日の相撲は勝ち抜き戦だってよ。背の低い順に対戦して行って、最後に残った者が勝者だって」金子は先生に聞いたのか、今回の対戦方法を皆に知らせていた。
―金子に勝てさえすれば、後は問題なく勝てる。
 良太はそう信じて疑わなかった。
対戦は砂場ではなく、校庭で行なわれた。校庭のほぼ真ん中に白石灰で5メートル大ぐらいの円を引いた。背の小さい者から順番に勝負が始まった。小さいグループでは断然、西野が強かった。双子の兄弟で兄ヨッチンが同じクラスだったが、彼は野性児の異名を持っていた。走るのも速く、足腰がしっかりしていた。良太は彼とは幼なじみで、一緒に木登りしたり、鬼ごっこをした仲だった。
「西野頑張れ」良太は大声で応援した。西野は順調に勝ち進み、ついに金子との対戦になった。良太としては西野に勝ち進んでほしかったが、実力では恐らく金子の方が上だろう。金子は腰を低く構え、膝を目一杯、折り曲げて、しゃがむような姿勢になる時がある。あんな重心の低い姿勢で、よく倒れないものだと常々、良太は感心していた。
対戦が始まった瞬間、西野は一気に押し出そうと両腕に力を込めた。金子は土俵際まで追い詰められ、簡単に勝負が決まるかに思われた。ところが、そこで金子は得意の膝のバネを使い、身体を極端に沈み込ませた。そこで西野の押す勢いは急に止まってしまった。
西野の動きが止まったかに見えたその瞬間、金子は身を右によじり、打っちゃりをかけた。すると強健そうな西野の身体は、左足からよろめき、思わず左手・左膝をついていた。
―やはり金子は土壇場で強かった。
 良太は予想通りの結果になったと思った。
金子は順当に勝ち進み、ついに良太との対戦を迎えた。良太は彼の手の内を知っているつもりだった。昼休み・放課後と二人は砂場で何度も勝負を繰り返していた。砂場で良太はよく上手投げを下手投げで切り返された。良太は用心して金子との対戦に臨んだ。上手投げで攻めることは控えようと決心した。立合い直後、差し出争いに苦労したが、右四つになると一気に押し出した。
その後、良太は順調に勝ち進んだ。そして最後の難関は山口だった。背も高く重量もあった。良太はその時まで十番以上の取り組みをこなしていた。息も上がっていた。それまでゆっくりと出番を待っていた山口に比べ、良太は断然不利であった。だが彼は挑戦した。
立会いは良太が優勢だった。山口の懐深く飛び込んで、頭をつけた。このまま一気に押し出すつもりだった。ところが山口は大岩のようにびくともしなかった。良太は息を整えながら、攻勢のチャンスを伺った。すると突然、山口が攻勢をかけて来た。右四つに深く組み直すと、良太の頭が上がった。すかさず山口は彼を土俵際まで追い詰めた。良太はとく俵がわりの白線の内側で、足を踏んばった。山口は上からのしかかるように、全体重をかけて来た。
もはや良太にとって対抗する手は一つしか残されていなかった。うっちゃりだ。一か八か良太は土俵際でうっちゃった。ところが山口の体重が勝った。良太のうっちゃりの甲斐なく、山口は全体重を彼におっかぶせて来た。そのまま良太は背中から地面に叩きつけられた。
山口が優勝者だった。女子生徒の一部は歓声を上げていた。良太は山口にだけは負けたくなかった。これで担任の山口に対する評価は一つ上がり、良太の評価は一つ下がった。クラスは山口のためにあり、良太のためにはなかったのだ。
小学入学以来、人気の高かった良太は山口の出現で、クラスでの地位を失った。それ以後、良太は転落の道を辿ることになる。良太のやるせない思いが、彼をしてイタズラに走らせた。その結果、彼は学級委員会でもつるし上げと食うことにもなった。人に砂をかけるという低俗ないたずらに身をやつすようになった良太の心は病んでいた。学校には彼の気持ちを本当に理解してくれる者は、誰一人いなかった。一時、中学受験に燃えた彼も、体調を崩し受験は断念した。残りの小学校生活は惰性でしかなかった。
14に続く
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良太の冒険12

その12)
(足立教諭)
良太にとって足立教諭は母親のような存在だった。過ごす時間から言えば、母親以上の存在だったかも知れない。小学校5年間、同じ先生だったことも珍しい。彼女は入学当初から良太の非凡さに目を付け、養い育てて来た。
ところが、やがて彼女は良太の特異性に気付くことになる。彼は知能・体力的に全く問題はないのだが、情動面で問題を抱えていることが明らかとなった。良く言えば独立心が強く、自分のことは何でも一人でこなした。悪く言えば、集団行動が苦手で枠から外れることが多かった。学校側としては扱いづらい子供だったと言える。
低学年の時は蜜月状態が辛うじて保たれていた二人の関係も、高学年になるに従い、亀裂が走った。それは良太の性格からすれば、当然の帰結であり、入学早々から予期されていたことではあった。
鋭い亀裂が入るのを上手く抑えていたのは、良太の足立に対する憧れだった。当初、母親としての温かさを感じていた彼の心に、もう一つの感情がいつしか芽生えた。心の片隅で彼は彼女を女として見ていた。母にはない胸の膨らみが足立にはあった。
夏が近いある昼下がり、給食が終わって、足立が座る教卓の周りには子供たちがたむろしていた。彼女は本を広げ、子供たちにその内容を語り聞かせていた。良太も気になり、正面から教卓に近づき、その本を覗き込んだ。
次の瞬間、彼の眼に飛び込んで来たのは、本のページではなく、大きく襟元が開き露わになった足立の胸の膨らみだった。白のブラウスから覗いた、彼女の豊満な胸の谷間を見た時、良太は気付かれないように、さらに身を教卓の上に乗り出した。そして本のページを見る振りをして、彼女の襟元からさらに奥を覗き込んだ。教卓の角が彼の股間に当たり、快い刺激が全身に走った。彼はそのまま股間を机の角に押し付けながら、彼女のブラウスの奥を想像し続けた。その時、チャイムが鳴り、快い刺激と彼の想像は影と消えた。
性的対象にまで高まった足立を、良太から引き離すように立ちはだかって来たのが山口だった。良太は山口に対し、学力面と手の器用さの面では勝てる自信があった。ところが体力面や性格の良さでは対抗できないと考えていた。体力面で敗北を喫した手痛い出来事があった。
13に続く
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良太の冒険11

その11)
(稼ぎ)
 放課後、義務的に掃除を終わらせた良太は急いで外に飛び出した。
―ああ、掃除は最悪だったなあ。
 掃除の最中、ほうきで魔女ごっこをしていて女の子たちに咎められたことに嫌気が差していた。良太はそんな思いを振り切るように校門に向かって走った。見ると校門を出た右斜め前の路上で子供たちの人だかりがしていた。
―何なんだ。あの人だかりは。紙芝居じゃあるまいし。
 良太は道路を渡って人垣の向うを覗き込んだ。手ぬぐいを鉢巻に巻いたおじさんが路上に店を広げていた。
「さあ、みんな寄っといで。どこにも売ってない手品だよ」
 おじさんの手の平には薄っぺらな紙の人形が立っていた。その人形が身体をくねらせて、まるで生きているようだった。
―すげえ。あんな人形があったらクラスで自慢できるな。
 おじさんは続けていくつかの手品を披露した。
「十以上のセットでたったの三百円だ。どうだね。安いよ」
 おじさんは良太に向かって話しているようだった。
―欲しいけど、金がないよ。そうだ。友達に転売して儲けるとするか。誰が良い。杉田が良いかもナ。
 杉田は運送屋の一人息子だった。家にはエレベーターがあり、当時としては良い暮らしをしていた。良太は杉田光春に話しを持って行った。学校から二、三分の所にある彼の家を訪ねると既に帰って来ていた。
「おい、杉田。良い話しを教えてやるよ。すごい手品セットがたったの五百円で買えるんだぜ。学校の前で売ってるんだ。俺が今、買って来てやるよ」
「そんなすごい手品なのかい」
「そりゃ見たこともない代物さ。手の平の上で紙の人形が踊るのさ」
「本当。ちょっと待ってて。お金もらって来るよ」
 良太は杉田から預かった金で手品を買った。そして差額をポケットにしまい込んだ。
―こんなに簡単に商売ができるとは思わなかったな。先生にばれなけりゃあ良いがな。
 良太は心に痛みを感じた。
12に続く
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良太の冒険11

その11)
(稼ぎ)
 放課後、義務的に掃除を終わらせた良太は急いで外に飛び出した。
―ああ、掃除は最悪だったなあ。
 掃除の最中、ほうきで魔女ごっこをしていて女の子たちに咎められたことに嫌気が差していた。良太はそんな思いを振り切るように校門に向かって走った。見ると校門を出た右斜め前の路上で子供たちの人だかりがしていた。
―何なんだ。あの人だかりは。紙芝居じゃあるまいし。
 良太は道路を渡って人垣の向うを覗き込んだ。手ぬぐいを鉢巻に巻いたおじさんが路上に店を広げていた。
「さあ、みんな寄っといで。どこにも売ってない手品だよ」
 おじさんの手の平には薄っぺらな紙の人形が立っていた。その人形が身体をくねらせて、まるで生きているようだった。
―すげえ。あんな人形があったらクラスで自慢できるな。
 おじさんは続けていくつかの手品を披露した。
「十以上のセットでたったの三百円だ。どうだね。安いよ」
 おじさんは良太に向かって話しているようだった。
―欲しいけど、金がないよ。そうだ。友達に転売して儲けるとするか。誰が良い。杉田が良いかもナ。
 杉田は運送屋の一人息子だった。家にはエレベーターがあり、当時としては良い暮らしをしていた。良太は杉田光春に話しを持って行った。学校から二、三分の所にある彼の家を訪ねると既に帰って来ていた。
「おい、杉田。良い話しを教えてやるよ。すごい手品セットがたったの五百円で買えるんだぜ。学校の前で売ってるんだ。俺が今、買って来てやるよ」
「そんなすごい手品なのかい」
「そりゃ見たこともない代物さ。手の平の上で紙の人形が踊るのさ」
「本当。ちょっと待ってて。お金もらって来るよ」
 良太は杉田から預かった金で手品を買った。そして差額をポケットにしまい込んだ。
―こんなに簡単に商売ができるとは思わなかったな。先生にばれなけりゃあ良いがな。
 良太は心に痛みを感じた。
12に続く

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良太の冒険10

その10)
(退屈)
 次の日、5年2組の教室では昨日の「お化け話会」が話題になっていた。
「菅谷の話は迫力があったな」とか「倉品の話は短か過ぎたな」とか声が上がっていた。
夏休みを間近に控えた教室は浮足立った雰囲気に包まれていた。ところが良太の気持ちは沈んでいた。金欠状態だった。駄菓子屋へ行って、買い物をする金もなかった。この間、前借りした小遣いも使い果たした。
―もうこれ以上、親からせびれないし、どうしよう。
算数の授業は計算プリントなので楽だった。終わった順番に外へ出て遊べたのだ。国語の時間が憂うつだった。本嫌いの良太にとって、文章を読み取って作者の気持ちを考えるなんて、できもしない相談だった。まして感想文など書くのは、逆立ちしてもできない相談だった。彼の感想文は単にあらすじを書くレベルに留まっていた。
授業の重苦しさに耐えきれず、窓から校庭を見ると模型飛行機が飛んでいた。6年生のあるクラスが、模型飛行機の競技をしているみたいだった。曲げた竹ひごに障子紙より薄い紙を貼り、ゴム動力でプロペラを回すタイプだ。良太は今まで何回も組み立てたことがあった。
―僕だったら、もっと高く、長く飛ばせるんだがなあ。
 良太はやきもきしながら、ふらふら飛ぶ飛行機を眺めていた。
「神崎君、20ページの3行目で筆者はどんな気持ちを表わそうとしたんですか」あまりにも唐突に、足立教諭の声が響いた。
夢から覚めたように良太は彼女の方を向いた。目は焦点が定まっていなかった。
「よそ見してちゃ駄目でしょ。では山口君は分かる」足立は別の生徒を名指しした。山口は最近、転校して来た人気者だ。良太は山口にやっかみの気持ちを抱いていた。答えられなきゃ良いのにと思った。
ところが山口はすくっと立つと「筆者は飼い猫をいとおしむ気持ちを、その文章で表わしたと思います」と答えた。
「そうね、その通りだわ。神崎君、分かった。山口君を見習わないといけないわ」足立は嫌味たらたらだった。
良太は胸のムカつきを抑えるのがやっとだった。
―このままじゃ済まないぞ。
 彼が学校嫌いになったのはこの頃のことだった。
11に続く
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良太の冒険9

その9)
(怪談その2)
「じゃ僕がほんの短い話をするよ」続いて倉品が名乗りを上げた。
「あるさびれた旅館に泊まった時のことなんだ。渓流に沿って建てられた細長い旅館だった。渓流側に長い渡り廊下があって、木の手すりは子供でもまたげそうだった。その手すりから外に乗り出すと、眼下10メートルぐらいを流れる川面に時折、光が反射して見えた。普段は静かな流れだが、雨降りの翌日など、遠い山から流れ落ちてきた土砂を含んだ激流がゴーと水しぶきを上げながら、荒れ狂うように流れていた。見た者は誰も、その勢いに思わず、吸い込まれそうになるのだった。
渓流の反対側、裏手には小高い裏山が庭を隔ててそびえていた。雑木林が生い茂る、その裏山には今でも狐や狸が住んでいるそうだ。一昔前までは深夜、山の中腹に狐火がチカチカ見えたようだ。便所は小屋の形をして、裏庭の中ほどにあった。僕は夜寝る前に用足しに行くのが怖かった。薄暗がりの外へ出て、便所小屋まで行くのが一苦労だった。行き着いたとしても、用足ししている最中に、辺りに物音がしたりするとたまらなかった。
だから僕は夜、その便所に行くのは避けた。そして旅館の中の便所を使った。ところが、その便所もいたって嫌な場所にあったんだ」倉品は思わず身震いした。
「二階の便所は長い廊下の突き当たりにあった。僕が泊まっていた部屋のちょうど反対側にあったんだ。廊下と言っても、外と壁で仕切られていた訳じゃない。単に大人の腰ほどの高さの木の仕切りと、その上にしつらえられた鉄パイプの手すりだけしかなかった。そこから身を乗り出せば、勢い良く眼下を流れる渓流を見下すことができた。僕は高所恐怖症なんで、下を見る度に足が震えて来た。震えてはいるが、心に誘惑の声がする。
―ここから飛び降りたらどうなるだろう。
 同じ声が外の暗闇からも聞こえた。
だから僕はこの廊下は通りたくなかった。でも仕方ない。裏庭の便所へ行くか、この廊下を通るかしかなかったんだ。寝る前に一度、用を済ませたのに今晩はスイカを山ほど食べたのがいけなかった。皆んな寝静まった夜中に眼が覚めてしまった。その少し前、僕は夢を見ていた。夢ん中でも僕は旅館に泊まっていた。そして風呂上りに便所へ入ったんだ。そん時はホッと一安心、これでスッキリできると思って、チャックを下ろして、いざ出そうかなと思った瞬間、僕は気づいたんだ。
―もしかしたらこれは夢かも知れない。
 そのまま用を足してたら、布団に地図を描いてただろう」周りからクスクス笑いが起こった。
「嫌だ、倉品君たら、これじゃ怪談だか、笑い話だか分かんないじゃない」菅谷は笑いをこらえていた。
「これはれっきとした怪談なんだよ。もう少しすれば怖くなるから待っててよ。僕は薄暗い廊下を足音を忍ばせて歩いた。丑三つ時で誰もが深い眠りに落ちていた。提灯のような電灯が距離を隔てて、二つ点いていた。便所の入口と廊下の反対側だ。その間は暗くて足元もおぼつかなかった。
僕はやっとの思いで廊下の半ばまで辿り着いた時、宿屋のおやじさんから聞いた自殺の話しを思い出した。昔この手すりから飛び降りた女の人がいたらしい。それだったら防護ネットでも張っとけば良いのにと思った。僕は手すり側から、なるべく離れてすり足で歩いた。便所の明かりが何と明るく見えたことか。
僕はほっと安心して、便所の扉を開いた。中に入ると切れかかった蛍光灯がついたり、消えたりしていた。僕は便器の前にしゃがんで用を足そうをしたら、首筋にしずくがたれるのを感じたんだ。手でそのしずくを触るとビックリした。手は血で染まっていた。勇気を振り絞って、天井を見ると僕の真上から血が滴っていた。僕は声を上げることもできなかった。
翌日、宿屋のおやじに聞くと、便所でも首つり自殺があったことが分かった。そんなら早く教えてくれよなと、僕はおやじに文句を言った」倉品は手で汗をぬぐった。
「倉品君、それで終わりなの、前置きが長かった割には、尻切れトンボみたいに終わったわね」藤井の不満そうな声が上がった。
閉め切った部屋の暑さは尋常ではなかった。薄暗い中でも皆の顔が汗だくなのが見て取れた。
「今日はこれで終わりにしましょ」と星野は{お化け話会}に突然のように幕を引いた。
―何だ。星野って意外と勝手なんだな。
 それは誰もが感じた思いではあった。
10に続く
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