良太の冒険13

その13)
(相撲大会)
良太はおくてであり、体力に自信を失いかけていた。周りの生徒が大柄になる分、彼は縮んでいるのではないかと思うほどだった。入学当初、後ろから5番目であった背丈も、今では真ん中ほどの順番になっていた。特に女の子たちが背だけでなく、横幅も成長している姿を見て脅威を感じてもいた。転校して来た山口は上ずえもあり、しかも肉付きも良かった。ひょろひょろとした良太には比すべきもない。彼は山口のそばでは圧迫感さえ感じるのだった。
体力に自信を失いかけていた良太にも誇れる競技があった。それは相撲だった。当時、相撲界では若乃花が全盛時代で、栃錦と合わせ栃若時代とも呼ばれていた。良太は小柄で技の切れが鋭い若乃花をひいきにしていた。技の中でも上手投げ・下手投げと言った、ひねり技が好きだった。場所が始まるとウキウキした気分になり、十両対戦からテレビに食い入るようにして観ていた。
学校では相撲に関して良太の敵はいなかった。休み時間でも、放課後でも強敵の金子を相手に、毎日のように相撲を取り続けた。お互い新しい技を試したくなると、二人で校庭の端にある砂場まで出向くのだった。
次の体育の時間は相撲だというので、良太は小躍りした。自分の強さを皆に示せる好機だと彼は考えた。女の子たちの前でも恰好良い所を見せられる。何にもまして足立に恰好良さを見せたかった。
「今日の相撲は勝ち抜き戦だってよ。背の低い順に対戦して行って、最後に残った者が勝者だって」金子は先生に聞いたのか、今回の対戦方法を皆に知らせていた。
―金子に勝てさえすれば、後は問題なく勝てる。
 良太はそう信じて疑わなかった。
対戦は砂場ではなく、校庭で行なわれた。校庭のほぼ真ん中に白石灰で5メートル大ぐらいの円を引いた。背の小さい者から順番に勝負が始まった。小さいグループでは断然、西野が強かった。双子の兄弟で兄ヨッチンが同じクラスだったが、彼は野性児の異名を持っていた。走るのも速く、足腰がしっかりしていた。良太は彼とは幼なじみで、一緒に木登りしたり、鬼ごっこをした仲だった。
「西野頑張れ」良太は大声で応援した。西野は順調に勝ち進み、ついに金子との対戦になった。良太としては西野に勝ち進んでほしかったが、実力では恐らく金子の方が上だろう。金子は腰を低く構え、膝を目一杯、折り曲げて、しゃがむような姿勢になる時がある。あんな重心の低い姿勢で、よく倒れないものだと常々、良太は感心していた。
対戦が始まった瞬間、西野は一気に押し出そうと両腕に力を込めた。金子は土俵際まで追い詰められ、簡単に勝負が決まるかに思われた。ところが、そこで金子は得意の膝のバネを使い、身体を極端に沈み込ませた。そこで西野の押す勢いは急に止まってしまった。
西野の動きが止まったかに見えたその瞬間、金子は身を右によじり、打っちゃりをかけた。すると強健そうな西野の身体は、左足からよろめき、思わず左手・左膝をついていた。
―やはり金子は土壇場で強かった。
 良太は予想通りの結果になったと思った。
金子は順当に勝ち進み、ついに良太との対戦を迎えた。良太は彼の手の内を知っているつもりだった。昼休み・放課後と二人は砂場で何度も勝負を繰り返していた。砂場で良太はよく上手投げを下手投げで切り返された。良太は用心して金子との対戦に臨んだ。上手投げで攻めることは控えようと決心した。立合い直後、差し出争いに苦労したが、右四つになると一気に押し出した。
その後、良太は順調に勝ち進んだ。そして最後の難関は山口だった。背も高く重量もあった。良太はその時まで十番以上の取り組みをこなしていた。息も上がっていた。それまでゆっくりと出番を待っていた山口に比べ、良太は断然不利であった。だが彼は挑戦した。
立会いは良太が優勢だった。山口の懐深く飛び込んで、頭をつけた。このまま一気に押し出すつもりだった。ところが山口は大岩のようにびくともしなかった。良太は息を整えながら、攻勢のチャンスを伺った。すると突然、山口が攻勢をかけて来た。右四つに深く組み直すと、良太の頭が上がった。すかさず山口は彼を土俵際まで追い詰めた。良太はとく俵がわりの白線の内側で、足を踏んばった。山口は上からのしかかるように、全体重をかけて来た。
もはや良太にとって対抗する手は一つしか残されていなかった。うっちゃりだ。一か八か良太は土俵際でうっちゃった。ところが山口の体重が勝った。良太のうっちゃりの甲斐なく、山口は全体重を彼におっかぶせて来た。そのまま良太は背中から地面に叩きつけられた。
山口が優勝者だった。女子生徒の一部は歓声を上げていた。良太は山口にだけは負けたくなかった。これで担任の山口に対する評価は一つ上がり、良太の評価は一つ下がった。クラスは山口のためにあり、良太のためにはなかったのだ。
小学入学以来、人気の高かった良太は山口の出現で、クラスでの地位を失った。それ以後、良太は転落の道を辿ることになる。良太のやるせない思いが、彼をしてイタズラに走らせた。その結果、彼は学級委員会でもつるし上げと食うことにもなった。人に砂をかけるという低俗ないたずらに身をやつすようになった良太の心は病んでいた。学校には彼の気持ちを本当に理解してくれる者は、誰一人いなかった。一時、中学受験に燃えた彼も、体調を崩し受験は断念した。残りの小学校生活は惰性でしかなかった。
14に続く
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