夢解析器7

その7)
(最悪な上司から受けた心の傷)
「こんにちは、また来てしまいました」
「はい、どうぞ。毎日でも来て宜しいのですよ。パケット制では一律の料金しかかかりませんからね。多くいらっしゃればそれだけお得なのです」
「そう言って頂けると本当に嬉しいですねえ」
「ところで今日はどんな夢の相談ですか。まあ、どうぞ奥へお進み下さい」受付嬢はそう言いながら、いつもの臨床室へとA氏を導いた。
「昨日、また嫌な夢を見てしまったんですよ。昔の上司にまつわる夢でした」歩きながら彼も受け答えした。
「そうですか、それは大変でしたねえ。詳しくは心理士がお聞きしますので、しばらくお待ち下さい」
しばらく待つと心理士が部屋に入って来た。
「こんにちは、昨日は嫌な夢を見られたそうですねえ。それではモニターを見ながら、もう少し詳しいお話を聞くことにしましょう」彼女は夢分析器をセットし、モニターの電源を入れた。
やがて画面には空中から勢い良く落下する黒い鞄が映し出された。それが10メートル下の地面に叩きつけられた。その瞬間、画面の中での声と、それを見ていたA氏の声が共鳴して聞えた。
「あ、まずい」何とその鞄は、当時の彼の上司、O次長のものであり、その中には精密機器が入っていたのだった。
「僕はこの時、観覧車のような乗り物で空中を移動してたんですよ。それは単に公園のベンチをワイヤーで吊るしただけの簡易なものでした。その観覧車に乗る前、僕は地上でO次長から鞄を手渡されたんです。その鞄を座席に不用意に置いといたため、空中で滑って落ちたのです」
「そのO次長というのはどなたですか」
「僕のかつての上司ですが、今まで一緒に仕事した上司の中で最大の脅威だったのかも知れません」
「それは言えているかも知れませんねえ。未だに夢にまで登場して来るのですものねえ」彼女も同情を覚えていた。
「そんな上司の持ち物に限って、落として壊すなんて一体どう考えたら良いんでしょうかねえ」A氏は頭を抱えていた。
「脅威だった相手が夢に出て来るのは良くあることですよ。あなたが意識しなかったところで、あなたの魂はかなり痛手をこうむっていたのでしょう。あなたが認識されていた以上に、そのO次長は性格的に恐ろしい人だったのかも知れませんね」
「そうかも知れません。それなのに彼の鞄を落とすなんて、何と不注意なことなんだろう」
「確かに不注意だったかも知れませんが、ある意味では復讐だったのかも知れません。あなたは彼に恨みを感じていませんでしたか」彼女は彼の目を見つめた。
「はい、そう言われれば恨みか憎しみかは抱いていたかも知れません」
「あなたが彼に対し、言いたいことも言えずに辞めてしまったために、潜在意識が夢の中で彼に対する憂さを晴らしたのでしょう」
「そうであると辻つまが合いますね」A氏は深くうなずいた。
「あら、まだ続きがあるようですね」彼女はモニターに目を凝らした。
画面にはゲーム場が映し出されていた。ゲーム機の入れ替え作業が行われているようだった。偉そうに陣頭指揮を執っている人物がいた。
「この偉そうな方はどなたですか」心理士にもその人物が気にかかったようだ。
「その人は僕が若い頃、勤めていた会社の社長です。僕は彼とはあまり話す機会はなかったのですが、いつも近寄り難く恐いイメージを持っていました。でも彼がゲーム機搬入の現場に立ち会うなんてことは一切なかったんですよ」A氏は不思議そうに首をひねった。
「夢では様々な要素が複合されて出て来るのです。あなたの潜在意識は、その社長を脅威と感じていたことは確かなようです。ところが彼との係わりが仕事上ではなかったので、関連した作業の場面で彼が登場して来たのでしょう」彼女は丁寧に説明した。
「分かりました。昨夜は脅威の人物が集中した感じですね」
「恐らくあなたが精神的に落ち込んでいたからでしょう。肉体的にせよ精神的にせよ、何らかの不具合がある時には、夢に脅威的な人物や場面が登場するものです。心が弱っている時は、潜在意識さえも脅威的な記憶を打破するエネルギーに欠けるからです」心理士はモニターの電源を切りながらA氏の夢を結論付けた。
窓の外には既に夕闇が迫っていた。遠くに見える高層ビル群に映えるあかね色も周りの闇に包み込まれ始めていた。
8に続く

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