夢解析器31 前篇

前編
「こんにちは、今日は天候が怪しいですね」
「こんにちは、朝から小雨が降ってますね。9月に入った途端に涼しくなった感じですね。今日はお二人ですね。奥様でいらっしゃいますか」
「はあ、今日は初めて家内を連れて来ました。二人でも大丈夫ですか」
「勿論、大丈夫ですよ。奥様でしたら家族割引が適用されます。今日はお二人とも受診されますか」
「はい、二人で受けようかと思っています」
「それでは先生にその旨、お伝えしておきますね」
「宜しくお願いします」A氏の妻は深々とお辞儀をした。
「では奥へおいで下さい」
受付嬢は二人を廊下奥の緑の扉へと導いた。
「しばらく中でお待ち下さい。あ、奥様は初めてでいらっしゃいましたね。それでは検査室の中までご案内致します。どうぞお入り下さい」
「僕一人の時とぐっと待遇が違うんですねえ」A氏は不満そうであった。
「あなた、こんな所でひがまないで下さいね」妻は彼をたしなめた。
「いえ、この研究所は女性の方を大事にしておりますので申し訳ありません。こちらの椅子にお掛けになって暫くお待ち下さい」
二人は並んで解析器が置かれたテーブルの前に座った。
「あなた、立派な所ね。受付の方も親切ね。それにこんなにも見晴らしが良いのね」
「今日は曇りだから視界が悪いんだ。晴れていれば右前方に富士山も見えるんだよ」
「そうなの、雲を下に見るっていうのも気分が良いものね」
そうこうする内にドアにノックがあり、心理士が入って来た。
「こんにちは、お待たせしました。今日はお揃いで良くおいで下さいました」
「はあ、主人がいつもお世話になっております。主人から良く先生のことは聞いております」
「そうですか。Aさん、奥様にどんなことをお話しになったのですか」心理士は別に心にやましい思いがある訳ではないが、多少どぎまぎした。
「はい、僕は先生に夢を理論的に解析して頂いた結果を家内に報告しているだけですよ」A氏は落ち着き払って答えた。普段から妻の突っ込みには慣れていたからである。
「あ、そういうことですね」心理士は一安心して息を継ぎ、そして続けた、「どちらから解析されますか」
「僕の方が簡単に済むと思いますので、僕から始めて下さい」
心理士は自分を取り戻し、いつものように慣れた手つきで機器をセッティングし、端子センサーをA氏の頭部数ヶ所に貼り付けた。
「昨日はどの様な夢を見られたのですか」
「目覚めた早々に憶えていたのは一つだけです。その後、朝食を食べている最中にもう一つの夢を急に思い出しました」A氏は薄れかけた記憶をしきりに呼び覚ましている様子だった。
「では忘れかけている方の夢から探ってみましょうか。通りに面した店内が映し出されているようですね」
確かにモニターにはどこかの店内が映し出され、幼児が左手に立ち老婆が右手、土間口に立っていた。そしてガラス戸外の左手すぐ近くには大きなトラックが停まっていた。それは工事現場に出入りするトラックのようであった。
「ここに映っている子供は僕の下の息子です。多分、2,3才の時の様子でしょう。そして右手土間に立っているのは僕の母親で未だ元気な時の様子です。この子が小さい時に母は病に倒れましたので、二人が一緒に過ごす時間はかけがえのない時間だったのです」A氏が横を見ると妻は眼を潤ませ、しゃくり上げているのが分かった。
「Aさんはここで何をされてたのですか」
「僕は宅急便の到着を待っていたのです。実はこの情景自体は20年以上前のものです。今の家が建てられる以前の古い店なのです。そこに下の息子が出て来たのは全く不思議なことです」
「もしかしたらお母様の霊がお孫さんに会いたがっているのではないでしょうか。それをAさんの潜在意識が感知されたのでしょう」
「そうですか。僕もこのところ母のことが気になって、今月中にも墓参りに行こうと予定していたとこだったんですよ。思いが通じましたかな」
「きっと、お母様も待っておられますよ。ところでモニターに映ったお店は未だあるのですか」
「いえ、お店は20年ぐらい前に閉めてしまいました。建て替えた後、ミシンだけは残して細々と洋服直しだけは10年ほど続けていましたが、今は全く何も商売していません」
「それでは古いお店にAさんの思い入れが強く残っておられるのですね」
「その通りです。夢に必ず出て来るお店はこの当時のものだけです。僕が10代、20代と多感な時期を共にしたお店なのです」
「この夢は結末がはっきりしない内に消滅してしまったようですね。それでは2番目の夢に移りたいと思いますが、ここはビデオ屋さんでしょうか」
モニターにはレンタルビデオ屋のカウンターらしき所が映し出されていた。A氏はそこでスタンプ帳を店員に差し出しているようだった。
「僕はスタンプが3つ溜まったので店員に見せた所、その店員が隣の客にスタンプシステムの説明をし始めたのです。それで僕は必要以上に待たされました」「そのことを抗議でもされましたか」A氏の普段の性格を知り抜いている心理士はすかさず質問した。
「いえ特に抗議してはいません」
「どうしてですか」彼女は納得できなかった。
「それは店員の人が僕の知り合いだったからです。同じ教会の仲間だったのです」
「そうですか、分かりました。それでAさん、大人しく聞き従っていたわけですね。仲間といってもこちらの方はAさんより大分、年配のようですね」
「5才ほど離れています。コンピューター関連の機器扱いについては皆から一目置かれています。夢の中でも僕は彼にフロッピーディスクを渡してデータの書き込みを依頼していたのです」
「はあ、それでAさんが待たされても抗議をされなかった理由が分かりました。でも何故、教会の方が店員として夢に出て来られたのでしょうねえ」彼女は納得できなかった。
「それはですねえ、最近、僕は何回か教会を休みました。さらに彼が主宰する聖書研究会にも半年以上出席していません」
「それですよ。あなたは彼に言い知れぬ負い目を感じているのです。その精神的プレッシャーが彼をあなたの夢に登場させたのでしょう」
「へえ、そんな精神的プレッシャーの感じ方があるのですねえ。心とは全く不思議なものですなあ。僕のことばかりで家内の時間がなくなりそうなので、彼女とそろそろ交替しても宜しいでしょうか」
「はい、勿論、結構ですよ。ではモニターを外させて頂きますね」
心理士は手早くA氏からモニターを外して行った。

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