夢解析器8

その8)
(初めての天然色の夢)
「こんにちは、ハアーハアー」A氏は息を切らせていた。
「どうなさったのですか。ひどく慌てられてますね」受付嬢はカウンター越しに声をかけた。
「いや実は昨夜、天然色の夢を見たんですよ。生まれて初めてだったんで、自分でもびっくりして駆けつけて来たわけです」
「夢がカラーだったんですか。そういう夢を見る方もいらっしゃいますので、別に気になさらなくても宜しいかと思いますよ」彼女は慰めるように言った。
「ひとまず奥の解析室へどうぞ」彼女は先に立って、廊下の奥の緑の扉へと導いた。
「では、しばらく中でお待ち下さい」
「はい、有難うございます」A氏は腰掛けて待った。
「お待たせ致しました。今日はどうされましたか」心理士の女性はメガネの後ろからキラリと好奇の眼を輝かせた。
「はい昨夜、生まれて初めて、天然色の夢を見たので分析して頂きに来ました」
「カラーの夢を見るのは初めてですか。夢がカラーであるかどうかは、あまり心配なさることではありませんよ」
「私の家族にもカラー版で夢を見るのがいますので、そんな心配はしていないのですが、少し気になったものですから来てみました」A氏は言い訳がましく説明した。
「では機器を準備して画像を見てみましょう」
やがてモニターには建設現場らしい所が映し出された。目の前で二人の屈強な男が喧嘩をしていた。背の高い方の一人が、相手の頭と首筋をつかんで鉄のフェンスに叩きつけていた。叩きつけられた男の額から、見る間に深紅の鮮血がほとばしり出た。
「こ、この場面ですよ。ほら、こんなにも血の色が鮮明でしょう。僕はこの現場に居合わせて本当、恐かったんですよ。血しぶきが飛んで来そうなくらいの至近距離にいたわけです」A氏は冷や汗をぬぐうように額に手を当てた。
「血という鮮烈な色彩は、夢でもカラーで出やすいのかも知れませんね。以前こんな現場に近い場面に出くわしたことはありませんか」彼女は優しそうな眼差しを彼に向けた。
「この画面を見ていて急に思い出したんですけど、似た場面は二度ほど体験したことがありますよ。一度目は5、6歳の時でしょうか。二度目は中学時代です。私の記憶を5、6歳まで戻してもらえますか」
心理士はキーボード操作で、A氏の記憶を過去にさかのぼって検索した。するとモニターに、どこかの駅前の路上で、一人の男がもう一人の男を殴っている場面が写し出された。殴られている男は頭に包帯を巻いていたにも拘らず、そこを撲打されたため、包帯からも血がにじみ出ていた。
「もう結構です、止めて下さい。すっかり思い出しました。この駅は横浜近辺の駅です。僕は父親と一緒に親戚の家から帰る途中だったんです。駅で大人同士の喧嘩の凄まじさを目の当たりにして、小さい僕は縮み上がったのです。包帯からにじみ出た血の色は、終生忘れられないでしょう」
「相当あなたにとっては衝撃的な出来事だったのですねえ。早くその嫌な思い出が取り去られると良いですねえ。それでは、もう一つの場面を呼び出してみましょう」
やがて、学校の教室が映し出された。休み時間らしい。右片隅で人だかりがしていた。喧嘩らしい。殴られている一人は鼻血を出していた。
「これは僕が中学時代の出来事ですよ。当時、中学2年のクラスは荒れていました。僕のクラスには番長がいたんで、誰もが戦々恐々としていました。その中でも目立った行動をする奴が血祭りに上げられてたんです。女の子に人気があったり、自信過剰な男子は要注意だったんですよ。僕なんて臆病なもんで、いつも目立たないようにしていました」A氏は当時を思い出す度に、暗い思いになるのであった。
「今では考えられない変なクラスだったのですねえ。私たち女子は陰湿ないじめは経験しましたが、リンチまでは行かなかったですわ。男子の世界はそれだけ暴力的なのですね」彼女は恐ろしそうに身を震わせた。
「今回の夢ではこの二つの出来事が複合されて出て来たみたいです。それに昨晩、テレビでエイリアンが出て来る恐怖映画を見たのもいけなかったんだと思います。あ、それにもう一つ、昨晩、中学時代の通知表を見たのも過去を呼び起こすきっかけだったかも知れません」
「それはもっともだと思います。過去に関連した物品は、昔の記憶を呼び覚ますものです。何故、通知表などを見ていらしたのですか」彼女は不思議に思った。
「下の子が終業式に通知表をもらって来たんです。そこで僕も、子供に当時の通知表を見せたわけなんです」
「ああ、そうだったのですか。それで分かりました」彼女は納得したようだった。
「結局、天然色の夢でも問題なかったんですか」
「そうですね、カラーと言ってもあなたの場合は一部だけがカラーなので、完全な天然色というわけではないのです。単にインパクトのあった血の部分だけが赤かったということなので、全く問題はありません。過去の映像を頭に思い浮べる時も、場合によっては一色や二色のカラーは混じるものです」
  9に続く

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