夢解析器36

「こんにちは」A氏は照れくさそうに入って来た。
「あら、Aさん、こんにちは、久しぶりでしたわね。何の連絡もありませんでしたので、もう来られないのかも知れないと心配しておりましたのよ」受付嬢は本当に嬉しそうだった。
「そんなに心配して頂いて本当に恐縮です。ここの所、夢も余り見ないですし、他の用事で忙しかったものですから、つい来そびれてしまいました」彼にとっても夢解析は以前ほど必要性が感じられなくなったのは事実だった。
「そうですか、毎日、気持ちが変化するのは仕方のないことですし、古い自分を脱ぎ捨て日々、新たになることも必要ですからねえ。Aさんが脱皮するためのお手伝いもさせて頂きますよ」
「そう言って頂けると有り難いです。昨夜、早寝したら久々に夢を見ましたのでやって来ました」
「そうなんですか。どんな夢だったのですか」
「中学時代の友人が出て来て、サッカーをしたり、車で坂を登っていて止まりそうになったりしたのです」
「それはお疲れでしたねえ。それでは奥へどうぞいらして下さい」
受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと導いて行った。
僕はその部屋で待つと暫くしてノックの音と共に心理士が入って来た。
「お待たせしました。Aさん、お久しぶりですね。お元気でしたか」
「はい、元気にしてました。朝晩涼しくなったんで良く眠れます。段々、起きるのが辛くなって来ました」
「そうですね。朝、床から離れるのは辛いですねえ。気持ち良い眠りだと夢はあまり見ませんものね」
「はい、ここ数日ほとんど夢を見なかったので来る機会を逃してしまいました。ところが昨夜は久々に長い夢を見たのです」
「そうですか。では機器をセットして解析してみましょう」
心理士は手早く機器から延びたコードについた先端の端末をA氏の頭部数ヶ所に貼り付けた。そしてモニターの電源を入れた。
モニターには学校のグラウンドで生徒達がボールをけっている様子が映し出された。
「ここで僕らは試合していたんです。どっちが飼ったかは分かりませんでしたが、僕は中学時代の長沼という男とパスを交わしながら相手に攻め込んでいたのです」
「Aさん、サッカーがお好きだったんですか」
「はい、昼休みとか放課後、遊びでよく球をけってました」
モニターの映像はすぐに旅館の食堂に切り替わった。丸テーブルを囲んで会食をしているようだった。そのテーブルには右横に長沼が座っていた。
「先の方がまた出て来ましたね。仲が良かったのですか」
「長沼とは今でも付き合っています。文章で飯を食ってる男で僕も憧れてます。最近、僕は恋愛小説を物してますので彼がそれに関連して夢に現われたのかも知れません」
「恋愛と長沼さんとは何か関係があるのですか」心理士は少し不審気だった。
「はい、恋愛小説の舞台が中学時代だったもので、中学時代の友人長沼が出て来たと思います」
「あ、なるほどそうだったのですか」彼女は納得したようだった。
「旅館が急に出て来たのは近々、家族旅行する予定があるからだと思います」A氏は心理士に聞かれる前に夢の背景を説明していた。
「Aさん、今日は手回し良く説明されますね。私の質問パターンが読まれているようですわ。ホホホ」彼女は照れ笑いを浮かべた。
「いや、僕にも先生の心理が見えて来たようです。それはさて置き、食堂の奥に続いて畳敷きの部屋が続いているのが見えますか」
モニターにはずっと奥まで続く和室が映っていた。
「ええ、見えますよ。そこでAさんは寝ておられたのですか」
「そうらしいです。一番奥の部屋が僕の部屋らしいので、そこまで行き部屋の襖を開けると何とそこはエレベーターになっていて、中から4,5人の若い女の子が頭を出して「きゃー」とか言ってました。実は驚いたのは僕の方だったのです」
「それはおかしな構造の宿ですね。Aさんは部屋で何をするつもりだったのですか」
「僕は帰る準備をしてたと思います。何故ならその後、宿の前から車に乗る場面になったからです」
事実、モニターには既に旅館の外で車に乗り込む場面が映し出されていた。続いて車は山の中で急坂を登り始めた。ダッシュボードのあちこちに異常ランプがついていた。
「見て下さい。ダッシュボードの計器類の表示が変わるのです。バッテリー表示が赤く灯っていたり、冷却水が高温表示になってます。僕は急坂の途中で止まることだけは避けたいと考えて、アクセルを恐る恐る踏んでいたのです」
「一体どうしたと言うのでしょう。無事に坂の上まで辿り着けましたか」心理士は心配そうだった。
「恐らく着けたと思います。夢の間中、エンジンは止まりそうで止まらなかったのです」
「それは良かったですね。何でそのような場面になったのでしょう」
「やっぱり先生、聞いて来ましたね。以前、乗っていた車がエンストを起こしやすかったのです。坂の途中で止まったり、交差点に入るところで止まったり、一時、往生したことがありました」
「それが原因ですね。その時の記憶が潜在意識に蓄えられていたのでしょうね。車を乗り替えても古い記憶だけはしっかり残っているのです。今度のご旅行は来るまで行かれるのですか」
「そうです。車を使おうと思っています」
「それではくれぐれも車の状態には注意なさって下さいね」
「はい、あまり急な坂は登らないようにします」



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