夢解析器30 後篇

後編
「Aさん、いきなり根本的な質問をされますねえ」心理士はあまりの唐突な質問に一瞬、色を失った感じだった。
「僕はほぼ毎日、先生に夢を語って解析して頂いて、もう1ヶ月経ったわけです。僕は夢の解析自体に意味があるのか今、一度考えてみたいと思ってるんです」A氏は深く思いを巡らしている様子だった。
「私はこの研究所を開設した当初から、夢解析は意味あるものだと信じて来ましたから、今更その効果を疑うつもりはありません」彼女はA氏の言い分を良く理解できていなかった。
「僕が言いたいのはですね、確かに夢の解き明かしは深層心理を知る上では意味があると思います。また学術的な面でも意味があるでしょう。でも僕のような一般人にとって、夢を解析して頂くことが実利につながるかどうかと言うことが知りたいのです。金をかけて何かしてもらうには普通、見返りを期待しますからね」
「Aさんの言わんとすることが少し分かりかけて来ました。夢を解析することでどんな具体的メリットがもたらされることになるか、それを知りたいとおっしゃるのですね」
「正にその通りです。何かメリットはあるのですか」A氏は身を乗り出していた。
「具体的メリットという面から言えば、立証は難しいかも知れません。夢を解析したからと言って、すぐさま経済的に豊かになるという性質のものでもありません。また夢の解き明かしに従ったお陰で幸運が舞い込んで来るという単純な状況ではないのです。現代社会は様々な事象が複雑に入り組んでいるからです。夢自体も複雑に入り組んだ夢が多いのです。解き明かしも一筋縄では行かないのです」
「はあ、それで僕も訳の分からない夢を多く見るのですね」
「そうです、夢には過去や実際に体験した出来事だけでなく、全く架空の出来事も入り混じって現われて来るから複雑なのです。その中で夢解析の具体的メリットは簡単に指し示すことはできません。出来ることと言えば、夢に隠された心の本心を知ることです」
「心の本心とは本音のことですか」
「そう言っても良いでしょう。あなたは夢の中でのみ、あなた自身の本心を見ることができるのです。日常生活では本心は建前に上手く隠されているのです。特に社会では誰もが本心を見せずに建前で生活しています。従って遂に欲求不満になるのです。ストレスが溜まるのです」
「確かに僕も以前は欲求不満やストレスに悩まされましたが、今は全く精神的負担を感じていません」
「当時は空を飛んだりプールで泳いだりした夢を見られたようですね。どちらも全身を使ってどこかへ移動するという点から、現状打破を望んだ潜在意識があなたを夢で泳がせたのです。空を泳いで飛ぶのは現状の仕事に満足していないことを表わしています。また水の中で手足を動かすのは性的欲望がはけ口を求めているのです。いずれにしろ欲求不満には変わりないのです。あなたは少なくとも根本的な欲求不満からは開放されて来ているようですねえ」
「僕も最近は先生に空を飛んだり、泳いだりする夢で相談に来たことはありません。これは良いことなのでしょうか」
「少なくともあなたは現状の生活に根本的な不満はないと言えるでしょう」
「と言うことは夢を確認することで、現状の生活が満足の行くものかどうかの判定も出来るってことですね」
「全くその通りです。夢にはあなたの目指した方向が示されているのです。あなたは船が羅針盤に基づいて針路を決めるように夢の指示に基づいて進む道を決めれば間違いはないのです。そのために私があなたをサポートして差し上げているわけです」
「そうですか。良く分かりました。今後とも宜しくお願い致します」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
窓の外からはオレンジ色の夕陽が差し込み、二人の深まった絆を祝していた。燃え尽きようとする夕陽の輝きが二人に明日への希望を約束しているようだった。




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