夢解析器33 前篇

前編
「こんにちは、今日も良い天気ですねえ」
「こんにちは、Aさん。朝晩は涼しくなりましたが、日中はまだまだ暑いですねえ」
「少しずつ秋の気配が感じられますね。心なしか淋しくなりますね」
「Aさんは感傷的なところがあるのですね。夜は良く眠れますか」
「はい、睡眠はしっかり取っています。朝方、良く夢を見ます。今朝は二部に分かれて見ました」
「そうですか。夢のお話しは解析室でゆっくりとお聞きしますので、どうぞこちらへおいで下さい」
受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと導いて行った。
彼は窓に近づくと高い秋の空を見上げた。透き通った空にはすじ雲が広いキャンパスに思い思いの図柄を浮き立たせていた。
やがてノックの音と共に心理士が部屋に入って来た。
「Aさん、窓から何か見えますか」彼女はA氏に近づいて行った。
「あ、こんにちは、先生。ここから雲を見てたんですよ。秋の空は深みがあって彼方の世界を連想させるんですねえ」
「Aさんはロマンチストなのですねえ」
「そうかも知れません。涼しくなると昔が思い出されたりもするのです」
A氏は右横に立って同じ空を眺めている心理士に知らず知らず、にじり寄っていた。やがて二人の二の腕同士が触れ合うと彼の体には快い電流が走った。彼女のひんやりした皮膚の感触と産毛が擦れ合うサラサラ感はA氏の心臓の鼓動を高めるのに充分だった。心理士も同じ様に感じていたのか、その身をA氏から離そうとはしなかった。
「それではそろそろ始めましょうか」A氏の幻想を打ち砕くように心理士の快活な声が耳元で響いた。
「はい、お願いします」彼はテーブルの向こうの席に着いた。
「昔を思う秋にAさん、良い夢を見られましたか」
「良い夢ならご相談に来なくて済むんですがねえ」今まで明るかった彼の表情が途端に曇り始めた。
「Aさん、またうなされでもしたのですか。過去にこだわり過ぎるのも良くありませんよ」
彼女は機器をセッティングし終わるとモニターの電源を入れた。
そこには駐車場が映し出され、片隅にボストンバッグやダンボールが山積みされていた。
「これはどこの駐車場ですか」
「家内の実家近くの駐車場なんですが、僕は狐に鼻をつままれたみたいでした。よくよく冷静になって考えると、そこまで列車で来たような気にもなって来ました」
「かなりの分量の荷物ですね。手で運ばれるつもりだったのですか」
「いや、それはとても無理です。実家までの距離は半端じゃなかったのです。僕は結局、近くのレンタカー屋に行って、車を借りることにしたのです。財布を見ると、そこの会員カードも入っていました」
「それは良かったですね。その後、どうなりましたか。実家には無事に着かれましたか」
「いえ、夢はいつものように突然、そこで終わってしまったのです」
モニターには確かにレンタカー会員カードは映し出されたものの、そこで映像は途切れていた。
「僕は夏休みに車で二度も家内の実家に帰ったのです。その時の記憶が未だ鮮明に残ってるのかも知れません」
「そうかも知れませんねえ。実家には義理のお父様・お母様がいらっしゃるのですか」
「いえ、二人とも数年前に亡くなりました。でも夢の中では二人が実家で僕たちの到着を待っているという設定だったのです」
「きっとご両親の霊が夢の中であなたを呼んでいたのでしょう」
「先生、夏は過ぎたんですし、あまり背筋が寒くなる話は止めましょうよ」
「分かりました。それでは次の場面に移ってみましょう」
モニターにはビルの2階にある大きな事務所が映し出された。そこでは終業間際で慌しく社員が動き回っていた。
「僕は20年以上前に勤めていたG工業の同僚と事務所にちょうど帰って来たところでした。どんな経緯で外出していたかはいつもながら全く思い出せません。とにかく仲の良い同僚と事務所に帰った時点から話しが始まったのです」
「この事務所にはG工業の方しかおられないのですか」心理士は鋭い質問をたまに発する。
「いえ、モニターの右端に見える体格の良い人はH氏と言ってG商事の人です」
「G商事とG工業はどんな関係ですか」
「G商事はG工業が製造した機械を販売しているのです。工業が親だとすれば商事は子供です。夢の中ではその二つが合併したようなのです。だからH氏もG工業の事務所にいたのです」
モニターではH氏が興奮して盛んにあちこち飛び回っていた。
「彼は何であんなにも興奮していらっしゃるのですか」心理士は笑いをこらえている風だった。
「家族用に買った商品がいつ届くのか出荷係に確認してたのです。すぐに入り用な商品しいので泡を食ってたんです。相撲取りみたいな体で事務机が一杯の、狭い通路を走ると見てる方がハラハラするんですよね」
「私にとってはハラハラというより滑稽に見えますわ」
やがて騒ぎは一段落した様子で皆は机の上を片付け始め、帰り支度を済ませた者から外に出て行った。そこで場面は大衆食堂にいきなり移った。
「皆さんで食事なさるおつもりだったのですね」
「そうです。僕は気の合った同僚と二、三人で外食を食べるつもりだったんですが、総勢5人ぐらいになりました。その中に僕の苦手なO次長が入っていたのです。画面の左を見て下さい」

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