夢解析器32 後篇

後編
「先生、あまり興奮されないで下さい」A氏は必死に彼女をなだめようとした。
「ああ、済みません。私の体内の血が逆流したようでした。もう大丈夫です」
彼女がダイヤルを戻した時にはM科長の映像は掻き消えてしまっていた。
「Aさん、あなたM科長のことが好きなんですね」彼女は単刀直入に聞いて来た。
「はあ、それは好きかも知れませんがね。彼女は僕より年上だし、顔も十人並みだし、普段それほど考えたことはないのですよ」
「でも、あなたは彼女を抱き締めたかったのでしょう」
「ええ、確かに潜在意識ではそのようだったみたいですねえ」A氏は他人事のようにとぼけてみせた。
「彼女も抵抗していた様子はなかったですねえ」
「そうなんですよ。不思議にも全く僕のなすがままに従っていたのです。普通の彼女からは想像もできない反応でした」
「え、Aさんあなた、普段もあんなことを現実でしているんですか」
「まさか、職場であんなことはできっこありませんよ。ただ以前、話しの中でボディーランゲージとして、すり寄って肩と肩を接触させるぐらいのことはありました」
「その時、彼女の反応はどうでした」心理士は異常に興味を示していた。
「ええ多少身を引くようにはしてましたけど、まんざらではないようでした。でも夢の中でのように積極的に係わることもなかったのです」
「それはそうでしょう。夢の中ではAさんの思いだけで彼女は動かされていたわけですからね。夢は単にAさんの思いが結集していただけなのです」心理士は最後を強く締めくくった。
やがてモニターには二人の医師がパソコンに向かっている様子が映し出されていた。
「このお二人はお医者さんのようですね」
「はい、僕と同じ職場のK医師とS医師です」
「その方たちはパソコンに向かって何をしているのですか」
「実は僕も前後関係が良く思い出せないのです」
「それでは少し前の場面に戻してみましょう」
心理士は機器の巻き戻しスイッチを押した。すると大きな部屋に模型の鉄道線路が敷き詰められた情景が目に飛び込んで来た。
「あ、少し思い出しました。僕はこの部屋で線路を組み替えながら模型の鉄道を走らせていたのです。そして隣の部屋に行くと二人の医師がパソコンに向かっていたのです。何か全く話しがつながんないですねえ。困りましたねえ」
「夢とは全く関連性のない出来事が連続して起こる場合もあるのです。あなたが線路をつないでいたのは小さい頃の体験が思い出されたからでしょう。先生たちが現われたのはM科長の場面と関連付けられているのかも知れませんね」
「あ、きっとそうです。僕がかつて外来でM科長と話しをしていた時、良くそばをK医師は通り過ぎて行きました。それに僕の中で彼は胡散臭い存在で、病院では金食い虫と思っています。患者の評判は悪いのに給料だけは格段に高いからです」
「でもK医師とパソコンとはどう結び付くのですか」心理士の中で医師とパソコンの取り合わせは理解できないものだった。
「僕はたまに医局に行くことがあるんです。医局には医師たちの机が並んでいるんですが、入る度にK医師はパソコンに向かって遊んでいるんです。その姿が僕の脳裏には鮮明に焼き付いています」
「はあ、それで分かりました。その記憶が夢の中で現われたのでしょう」
モニターには二人の医師がパソコンに興じている様子が執拗に映し出されていた。
その時、何の前触れもなく心理士は立ち上がり、A氏の目の前で診察衣をスカートもろとも腿の辺りまでたくし上げた。A氏の目には白く引き締まった彼女の太ももが炸裂した。彼の心臓は激しく高鳴り、血圧は急上昇し、勿論、機器備え付けの性興奮感知器はブザーと共に赤ランプの点滅を繰り返した。A氏は鼻血が出そうになる鼻をハンカチで押さえなくてはいけなかった。
「先生、いきなりどうされたんですか。僕は生涯でもこんなに興奮したことはありませんよ」
A氏は盛んに冷や汗を拭っていた。モニターからは二人の医師はすっかり姿を消し、白い太ももから更に奥の映像が波打つように映し出されていた。
「Aさん何故、私が恥ずかしさにも耐えて、あなたにもろ肌を見せたかお分かりになりますか」心理士は診察衣とスカートを元に戻してA氏の眼をじっと見つめた。
「はあ、僕の神経を集中させるためですか」
「そうです。半分正解です。さっきまでのあなたは二人の医師にある意味、心を奪われた状態だったのです。それは好ましい事ではありませんでした。あなたの心には憎しみと妬みが渦を巻いていたからです。彼らが夢に出たのもあなたが彼らに未だに敵対心を燃やしていたからなのです」
「そうですか。普段はあまり意識はしていませんでした」
「現在あなたは経済的困窮にあると以前、おっしゃってましたね。あなたの心には医師の高給が羨ましいという感情が鬱積した形で埋没していたのです。私はその感情に危険を感じましたので、身体を張ってあなたの意識を性的関心に振り向けたのです」
「先生はご自分を晒してまで僕のことを思ってくれたのですか」A氏は胸が熱くなるのを感じた。
「憎しみに心を奪われるのはいたって危険です。あなたの心から生きる意欲さえも奪うからです。憎しみに心を破壊されるよりは性的関心で心を鼓舞した方がよほど健全なのです」
「有難うございました。先生、これからも僕を鼓舞し続けて下さい」
A氏はテーブル越しに右手を伸ばし、心理士の頬を愛おしそうに手の平に包み込んだ。
「Aさん、今日は特別だったのですよ。加算料金を請求しておきますからね」彼女は小悪魔的な笑みを浮かべると機器の片づけを始めた。
窓の外には駆け足でやって来る秋の夕暮れが忍び寄り、近くの繁華街で点滅するまばゆい赤や紫の光が二人を夜の街へと誘っているようだった。


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