良太の冒険3 [ショートショート]

その3)
(霊廟の奥には何が)
良太と倉品は玉川霊廟がある赤茶けた門の前に立っていた。二人はその門をくぐると、地下墓地への入口階段前にしばし佇んだ。そこには既に異様な霊気が漂っていた。良太が地下階段まで近づき、奥を覗き込むと薄暗い中に、何本ものロウソクが火を揺らめかせながら立てられていた。良太が奥へさらに一歩踏み出そうとした時、倉品はオドオドした声をしぼり出した。
「神崎君、今日は入るのは止めとこうよ。ここは何とも言えず不気味な雰囲気がするよ。実はさっきから鳥肌が立ってるんだ。誰にも断らず、勝手に入るのも問題があるだろうし」と倉品は色々、言い訳を並べ立てた。
「倉品、お前、何ビビってんだよ。行くのが嫌なら、俺一人でも行って見てくるぜ」と良太は血気盛んであった。
「じゃ僕はここで待機してるから、何かあったら大声で叫びなよ」と倉品は安心した様子で答えた。
「大声で叫べば、お前、助けに来てくれるのかい」と良太は意地悪い質問をした。
「その時は、僕が誰かに助けを呼びに行くよ」と倉品の答えは、いたって頼りない。
良太は意を決し、薄暗い階段を用心深く下りて行った。階段は思ったほど急でなく、すぐ細く平坦な通路に続いていた。天井は圧迫するように低く連なっていた。階段の降り口付近で、ゆるく右へカーブした後、通路はそのまま真っ直ぐ伸びていた。
―うわあ、ロウソクが何と整然と並んでるんだ。
 良太は地下通路に立つと、内部の景観にびっくりした。通路の壁だと思っていた部分には、近づいてみるとロッカーが整然とはめ込まれていた。ロッカーの中身に思いを馳せた時、彼の背筋に冷たいものが走った。
―この中には人骨が入ってるんだ。
 彼は改めて、自分が墓地の真ん中にいることを実感した。ロッカーの表面をつぶさに見ると、“堀の内霊妙居士”といった戒名が刻印されていた。先から感じていた異様な霊気の正体が今、現実のものとなった。「南無阿弥陀仏」と良太は思わず、念仏を唱えてしまった。彼は仏教徒ではなかった。なのに、こうした場面では念仏が何故か似合う。
 地下通路は限りなく続いているように見えた。奥が暗闇にまぎれていた。
―この通路は本当に聖ピエトロ教会の地下とつながっているのだろうか。
 良太はやっと今回、ここに来た目的を考える冷静さを取り戻した。あたりはあまりにも静かだった。自分の心臓の鼓動さえ聞こえてきそうだった。すると、どこからか水がポタポタ滴る音が、かすかに聞こえて来た。彼にはその音が、どうやら通路のずっと奥の方から聞こえて来る気がした。
―今日は音のするところまで歩いて行ってから、戻るとするか。
 良太は自分の気持ちを鼓舞させていた。地下通路を先へ進むほど、あたりはじっとり湿っぽい空気に包まれていた。ひんやりとはしているが、肌はべとつく感じだ。
―冷汗のせいだろうか。
ロウソクの火も心なしか勢いがない。消えかかっているロウソクが目につく。完全に消えてしまっているロウソクも何本かある。
―奥が暗かったのは消えているロウソクが多かったからなんだ。
ロウソクは命の灯を象徴していると言われる。
―ここに灯されたロウソクも、誰かの寿命を象徴してるんだろうか。
 何本ものロウソクを間近に見ながら、彼は人に割り当てられた寿命に思いを馳せるのだった。昔、祖母から聞いた地獄の情景が、ほうふつとして来た。
―地獄では確か閻魔大王が、人の命を取り仕切っていたっけなあ。太いロウソク、細いロウソク、長いの短いの、人の寿命はそれぞれのロウソクで管理されているって言ってたな。
 良太の眼には、目の前のロウソクが次第に地獄のロウソクとダブって見えた。ここに来て、良太の今までの強気はどこかに吹っ飛んでしまった。
―俺はこんな、とんでもない所に足を踏み入れて良かったんだろうか。こんなとこにいるだけでも罰当たりなことなんじゃないか。
 良太はしきりに自問した。初めて、彼の顔に反省と不安の表情が浮かんだ。弱気になると彼の心はもろくも崩れて行った。
良太の目の前には、父や母の顔が浮かんだ。それと同時に、この地下墓地に埋められている人々やその家族たちの顔が浮かんで来るように思われるのだった。
―俺は踏み込んではいけない場所に足を踏み入れてしまったようだ。
 彼は生と死の重さをいまさらのように感じた。
胸に圧迫感を覚えた良太は、駆け出すようにして出口の方へと引き返した。
4に続く

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