良太の冒険16

その16)
(失敗)
その晩、良太の家は、竹輪カレーだった。彼は一気に平らげると、出掛ける仕度をした。「ちょっとガラス屋さんまで行って来るね」
「こんな夜に一体、何するつもりなの」母、美佐子は心配そうだった。
「ガラス屋のサブちゃんが子供達をリヤカーに乗せてくれるんだよ。夜のドライブさ」と言いながら、彼は既に外に飛び出していた。
夜7時だと言うのに、杉山ガラス店の前には子供達が4、5人集まっていた。中にはヨッチンも混じっていた。店の中からサブちゃんが出て来た。
「わあ、ぎょうさん集まったなあ。リヤカーに乗り切らへんで。ガラス運ぶより大変やな」とさっそくボヤキが始まった。
「どんなコース行きたいか、希望はあるんか」
「玉川神社の前を通って、砧公園ぐらいまでいきたいなあ」とガラス屋の洋子ちゃんが口を切った。
「他にはどうや」と言われて、良太はすかさず
「じゃあ、瀬田ハウスの前も通ってもらえますか」と普段とは違う、丁寧な口調で言った。
「分かったよ。瀬田ハウスは近いんで、最後に寄ろうや」と言って、サブちゃんはペダルをこぎ始めた。
夏の盛りではあったが、夜の冷気は肌に心地良かった。夕涼みには最高の娯楽だった。それは乗ってる子供たちにだけ言えることで、こいでいるサブちゃんは必死だった。
特に砧公園からの帰りの急坂はきつく、子供たちが何人か下りてリヤカーを押そうと言い出したが、サブちゃんは「大丈夫や」と言って、ぺダルをこぎ続け、坂を登り切ってしまった。普段、重いガラス板を何枚も運んでいた脚力が、この時、ものを言った。
いよいよ瀬田ハウスの前まで来ると、良太はヨッチンに合図した。
「ちょっと、ここらで休憩したいなあ」二人は声を合わせた。
「もう家は間近やないか」とサブちゃんは不思議そうだった。
「僕たち二人だけ、ここで降りて後から帰るから、先に行ってて良いよ」と彼らはリヤカーが止まりそうになった瞬間に飛び下りた。
良太とヨッチンは瀬田ハウスの門に向かって、上りの小道を歩き出した。
「こんな夜に門から入れるのかい」とヨッチンは心配そうだった。
「大丈夫だよ。門のカギは締まっていないはずだよ」と良太は自信あり気に言った。
実際、門には鍵はかかってなかった。彼らは鉄の門扉を通り抜けると、道路に面した塀に沿って歩き続けた。
「本当に、ここと教会は通じてるのかい」と再び、ヨッチンは疑いを差し挟んだ。
「本当だって、さっきも門に鍵はなかったろ。俺を信じろよ」と良太は少し気色ばんだ。
建物を左手に見ながら、砂利の小道を進んで行った。そして、やがて敷地の端に近づき、隣の聖ピエトロ教会を隔てる壁が見えて来た。そこに確かに扉らしいものが見えた。二人はさらに近づいた。するとヨッチンが危惧していた通り、それはしっかりと施錠されていた。
「神崎、行っただろ。扉は閉まってるよ。諦めて今晩は帰ろう」とヨッチンは早くその場から離れたがっていた。良太はしばし呆然として、何と答えて良いかも分からなかった。彼にとっての希望が一つ消えてしまった。
17に続く
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