自転車2 [ショートショート]

その2)
世田谷通りは車道と歩道が分かれているので走りやすかった。やがて多摩川にかかった橋を渡った。遠くを見ると川面が日の光でぎらぎら輝いている。渡るとすぐに川崎街道にぶつかった。右へ曲がると後は真っ直ぐだ。この通りはトラックが多くて恐い。しかも歩道と車道が分かれていないので自転車で車道を走ると横を猛スピードでダンプカーや大型トラックが通り過ぎて行く。通り過ぎる時、強い風圧を感じる。健次はバックミラーを見ながら通り過ぎるトラックの様子をうかがった。この通りは砂埃が激しい。前だけではなく、後ろにも注意を払わなくてはいけないので気が休まらない。午後の日差しは強くまぶしい。左右に梨園が広がっているが、健次の目には入らなかった。
自転車で走る間に色々な出来事が頭に浮かんだ。その頃、健次は塾に通っていた。ある時期まで、健次は中学受験を考えていたこともあった。自宅の二階を改造した塾で生徒数は10名ほどだった。ある日、授業中に急に腹が痛み出した。トイレに行けば治ると思ったが、先生に言って帰ることにした。下りそうだったので自転車を飛ばして急いで帰ったことが頭に浮かんだ。
川崎街道をさらに走り続けると途中山あいの道に近づいた。暑いので上り坂はきつい。三段変速の自転車なのでギアーを緩めて懸命にこいだ。坂の途中で自転車を降りて歩くことはいやだった。この頃から引き返したい気持ちが少し出て来たが、その思いを振り払うようにペダルをこいだ。途中で止まると後がきついので休みは取らなかった。頂上辺りに近づくと道の両側には背の高い木が生い茂っていた。午後まだ日が高かったがそこを通る時は薄暗かった。帰りは多分暗い中を再びこの森を通るのかと思うと少し心細かった。その頃には日は大分、西に傾いていた。
何が健次をここまで駆り立てていたのだろう。
中学受験のために自分の時間が思うように取れなくなっていた。好きな模型作りも制限された。学校の授業にも興味が薄らいで来た。担任の先生は1年の時からずっと変わらないのでマンネリ化していた。最近、転校生が来た。滝口と言う真面目でリーダーシップがある男だった。担任教師は健次より滝口に注目し始めていた。健次は注目を引こうといたずらをすることも多くなった。ある時、学級会で健次は吊るし上げられた。
それは朝会でのいたずらが原因だった。健次の履き古された運動靴の先はゴム底が剥がれていた。剥がれた部分に砂を入れて友達に向け足を振り上げた。するとうまい具合にその砂が小宮山の体に降りかかった。小宮山は嫌がっていた。
「健次。止めろよ。砂が目に入ったらどうすんだよ。」
「顔には向けないから大丈夫だよ。」そう言って健次は尚も砂を飛ばした。
たまたま、その午後に学級会があった。会が終わりに差し掛かった頃、小宮山が手を上げた。
「今朝、佐久間君は靴に砂を入れて人に向けて飛ばしました。」
健次は‘しまった’と思った。ここでその話題が出るとは予期していなかった。とっさに健次は言った。「僕はやってませんよ。」
すると小宮山以外の皆も「佐久間君は靴に砂を入れて飛ばしていました。」と一斉に言い始めた。
健次は皆を敵に回したようで急に悲しくなり涙ぐんでしまった。その時、終業のチャイムが鳴った。
最終回に続く

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