良太の冒険1

その1)
(駄菓子屋)
良太は店から入ると、座敷の畳の上にランドセルを放り投げた。そして奥にいる母親に声だけかけた。
「ただいま。行って来ます」と帰りと、出かける挨拶とを同時にしたのだった。
「良太、お菓子があるわよ」と美佐子が呼びかけた時には、彼の姿はそこになかった。
良太にとって家で食べるおやつより、駄菓子屋で買う駄菓子の方が魅力的だったからだ。でも担任の先生にはよく言われたものだ。
「神崎君、駄菓子をあまり食べてはいけませんよ。栄養もないし、どんな添加物が入っているか分からないですからね。砂糖の代わりにサッカリンというものまで入っています。それに比べ、お菓子屋さんのお菓子は衛生的だし、栄養価も高いんです」
良太はそれを聞き流した。
―栄養がなくてもうまい方がいい。どうも学校の先生は衛生面にこだわり過ぎる。子供の嗜好が分っちゃいない。俺たちの心が分かっちゃいない。
良太は常にいくらかの小銭を持っていた。月々の小遣いは決められてはいたが、親にせびるとお菓子代ぐらいは簡単に出してくれた。彼の親は甘かったのかも知れない。
―俺の親は子供の気持ちを分ってくれてるなあ。行動にあまり規制もかけず、自由に振舞わせてくれてる。僕を信頼してくれて有り難いんだよなあ。
キセ駄菓子屋は行きつけの店だった。表通りに面していて、隣は良太の家と同じ洋服店だった。親も馴染みの店なので、よくオマケをしてくれた。普段はおばさんが店番をしていた。
「こんにちは」
「ああ、いらっしゃい。もう学校は終わったの。早いねえ」
「うん、家にかばんを置いて、すぐここに来たんだよ」
 良太は店に入るなり、奥まで進んで行った。
―今日はくじで運を試してみよう。
 良太も子供なのでごたぶんに漏れず、クジが好きだった。竹ひごが束になって、筒にささっていた。そこから一本を抜くのである。一回5円。
「おばさん、スカだ」と彼はがっかりした声を出した。竹ひごにしるしのないのはスカである。先端が赤く、紅染めされているのが当たりであった。
「スカかい。じゃ、こっちの短いのから好きなのを選びな」おばさんは、短いガラスの試験管に毒々しい色の流動物が入った駄菓子を差し出した。
「じゃ、この黄色いのにするよ」と言って、良太は一本取り上げた。彼はそうしながらも、その倍の長さがある長い方の当たり試験管を物欲しそうに眺めていた。
―何で僕はくじ運がないんだろうなあ。オマケしてくれると嬉しいんだがなあ。
 良太の切な思いがおばさんに伝わったらしい。
「良ちゃん、あまりしょげないでよ。もう一回引いてごらん」とおばさんは優しく声をかけた。
「ありがとう。じゃあ、引くね」
 もう一度竹ひごを引くと何と先端が赤く紅染めされていた。
「おばさん、当たりだよ」
「おお、良かったね。じゃあ、ここから長いビンをお取り」
「じゃ、このオレンジと黄色のにするね」
「はいよ、短いのもオマケであげるよ」
「どうも、ありがとう」
そう言うと良太はその場で試験管に竹ひごを突っ込み、グルグルかき混ぜると黄色いドロドロの流動物が、竹ひごの先端にべったりとくっついていた。それを引き抜いて、彼は舌の先でペロペロなめた。甘酸っぱい味が舌の先一杯に広がった。彼の舌の先は着色剤のせいで、黄色く染まっていた。
「じゃ、また来るよ」と言って、彼は駄菓子屋を後にした。
「またおいでね」と愛想の良いおばさんの声が後ろでした。
―今日はラッキーだったな。オマケもしてもらったしな。
2に続く

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