自転車1

その1)
佐久間健次は夕暮れの道を我が家へ自転車をこいでいた。ポケットには20円しか残っていない。喉も渇いたし、お腹も減った。その最後の20円でアイスキャンディーを買って食べた。何と美味しかったことだろう。それは健次が12歳になった夏のことだった。
頭の中でその日の出来事を反すうしていた。土曜日だったので午後、友達と大蔵ランドへ遊びに行った。ゲーム好きだった健次は自転車で20分ほどのそのゲーム場へ時間とお金があると良く行った。そこで1時間ほど遊んだ後、急に多磨動物園に行ってみたくなった。実はそこには昨日、遠足で行ったばかりだ。バスで通った道が未だ頭に鮮明に残っていた。健次は行きたいという衝動を感じるともう抑えられなくなった。友達を誘った。
「ねえ。鹿島、これから多磨動物園に行かないか。」鹿島は驚いたように健次の方を振り返った。
「多磨動物園にどうやって行くんだよ。」
「もちろん自転車だよ。」
「そんなこと無理に決まってるよ。自転車だと3,4時間かかるぜ。それに昨日遠足で行ったばかりじゃないか。」
「俺は急に行きたくなった。未だ道順も憶えている。」
「俺は行かないよ。」
鹿島に断られ健次は結局一人で行くことにした。出発したのは2時頃だっただろうか。
健次にとって多磨動物園は特別に思い入れがある場所だ。お墓が近くにあったので健次は両親と墓参りの後、よくこの動物園に来た。動物園の隣には多磨テックがあり、そこではゴーカートが乗れた。ある小雨の降る休日だった。健次は両親と連れ立って、墓参りの帰りに多摩テックにやって来た。雨にも拘わらず健次はゴーカートに乗りたくてたまらなかった。
「ねえ、次はあのゴーカートに乗りたい。」
健次が言うと母親が「雨だから止しなさい。服がびしょびしょになり、帰れなくなったらどうするの。」
でも健次はせっかく来たので乗りたかった。とうとう父親が折れ、レインコートを羽織らせてくれた。その日、健次の他に誰もゴーカートに乗る客はいなかった。ゴーカートに乗り込むと父親は足元をレインコートで包んでくれた。一周すると案の定、レインコートは雨と泥で汚れてしまった。でも健次の足は濡れずに済んだ。
今、世田谷通りを突っ走っていた。とにかく初めは真っ直ぐ行けば良いので楽だった。大蔵ランドのゲーム場でお金は殆ど使ってしまったので、いま健次のポケットには20円しか残ってなかった。それも健次を止めはしなかった。もし自転車がパンクしたらどうしようなどとは全然考えてもいなかった。走りながら昨日の楽しかった動物園の思い出が心をよぎっていた。ゴリラの花子のしぐさが面白かった。手長猿の素早い動きが目に浮かんだ。
2に続く
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