良太の冒険9

その9)
(怪談その2)
「じゃ僕がほんの短い話をするよ」続いて倉品が名乗りを上げた。
「あるさびれた旅館に泊まった時のことなんだ。渓流に沿って建てられた細長い旅館だった。渓流側に長い渡り廊下があって、木の手すりは子供でもまたげそうだった。その手すりから外に乗り出すと、眼下10メートルぐらいを流れる川面に時折、光が反射して見えた。普段は静かな流れだが、雨降りの翌日など、遠い山から流れ落ちてきた土砂を含んだ激流がゴーと水しぶきを上げながら、荒れ狂うように流れていた。見た者は誰も、その勢いに思わず、吸い込まれそうになるのだった。
渓流の反対側、裏手には小高い裏山が庭を隔ててそびえていた。雑木林が生い茂る、その裏山には今でも狐や狸が住んでいるそうだ。一昔前までは深夜、山の中腹に狐火がチカチカ見えたようだ。便所は小屋の形をして、裏庭の中ほどにあった。僕は夜寝る前に用足しに行くのが怖かった。薄暗がりの外へ出て、便所小屋まで行くのが一苦労だった。行き着いたとしても、用足ししている最中に、辺りに物音がしたりするとたまらなかった。
だから僕は夜、その便所に行くのは避けた。そして旅館の中の便所を使った。ところが、その便所もいたって嫌な場所にあったんだ」倉品は思わず身震いした。
「二階の便所は長い廊下の突き当たりにあった。僕が泊まっていた部屋のちょうど反対側にあったんだ。廊下と言っても、外と壁で仕切られていた訳じゃない。単に大人の腰ほどの高さの木の仕切りと、その上にしつらえられた鉄パイプの手すりだけしかなかった。そこから身を乗り出せば、勢い良く眼下を流れる渓流を見下すことができた。僕は高所恐怖症なんで、下を見る度に足が震えて来た。震えてはいるが、心に誘惑の声がする。
―ここから飛び降りたらどうなるだろう。
 同じ声が外の暗闇からも聞こえた。
だから僕はこの廊下は通りたくなかった。でも仕方ない。裏庭の便所へ行くか、この廊下を通るかしかなかったんだ。寝る前に一度、用を済ませたのに今晩はスイカを山ほど食べたのがいけなかった。皆んな寝静まった夜中に眼が覚めてしまった。その少し前、僕は夢を見ていた。夢ん中でも僕は旅館に泊まっていた。そして風呂上りに便所へ入ったんだ。そん時はホッと一安心、これでスッキリできると思って、チャックを下ろして、いざ出そうかなと思った瞬間、僕は気づいたんだ。
―もしかしたらこれは夢かも知れない。
 そのまま用を足してたら、布団に地図を描いてただろう」周りからクスクス笑いが起こった。
「嫌だ、倉品君たら、これじゃ怪談だか、笑い話だか分かんないじゃない」菅谷は笑いをこらえていた。
「これはれっきとした怪談なんだよ。もう少しすれば怖くなるから待っててよ。僕は薄暗い廊下を足音を忍ばせて歩いた。丑三つ時で誰もが深い眠りに落ちていた。提灯のような電灯が距離を隔てて、二つ点いていた。便所の入口と廊下の反対側だ。その間は暗くて足元もおぼつかなかった。
僕はやっとの思いで廊下の半ばまで辿り着いた時、宿屋のおやじさんから聞いた自殺の話しを思い出した。昔この手すりから飛び降りた女の人がいたらしい。それだったら防護ネットでも張っとけば良いのにと思った。僕は手すり側から、なるべく離れてすり足で歩いた。便所の明かりが何と明るく見えたことか。
僕はほっと安心して、便所の扉を開いた。中に入ると切れかかった蛍光灯がついたり、消えたりしていた。僕は便器の前にしゃがんで用を足そうをしたら、首筋にしずくがたれるのを感じたんだ。手でそのしずくを触るとビックリした。手は血で染まっていた。勇気を振り絞って、天井を見ると僕の真上から血が滴っていた。僕は声を上げることもできなかった。
翌日、宿屋のおやじに聞くと、便所でも首つり自殺があったことが分かった。そんなら早く教えてくれよなと、僕はおやじに文句を言った」倉品は手で汗をぬぐった。
「倉品君、それで終わりなの、前置きが長かった割には、尻切れトンボみたいに終わったわね」藤井の不満そうな声が上がった。
閉め切った部屋の暑さは尋常ではなかった。薄暗い中でも皆の顔が汗だくなのが見て取れた。
「今日はこれで終わりにしましょ」と星野は{お化け話会}に突然のように幕を引いた。
―何だ。星野って意外と勝手なんだな。
 それは誰もが感じた思いではあった。
10に続く
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