前哨戦 最終回

(その12)
その後、人は何度か入れ替わった。記憶に残っているのは創価学会員のT氏と風てんぽいH氏だった。初めT氏が学会員だとは知らなかった。それを知ったのはH氏が入って来てからのことだった。
T氏はがっちりした体格であり、体力と根性はありそうだった。皆に長続きすると期待されていた。仕事ぶりも真面目であり、余り無駄口もきかなかった。仕事も大分慣れ、僕とのコンビで社長を盛り立てていた。
そうこうする内に問題のH氏が入って来た。H氏は大柄でかなり肥満気味であった。それでも息を切らせながらも小まめに動いていた。彼はとにかく良く喋った。仕事中でも何かぶつぶつ言っていた。H氏が入って来た事でT氏もつられて喋るようになった。
僕ら三人は良く組立て競争をした。通常、機械は縦三列に並べられていたので一人が一列ずつ受け持ち、誰が一番早く端から端まで組立てられるか競ったのである。僕はその三人の内では有利だった。一番やせていたので中腰が得意だったのだ。
機械組立てではしゃがんだり、中腰の姿勢で作業することが多かった。その度に後の二人、T氏とH氏はヒイヒイ言いながら作業をしていた。仕舞いには腰が痛いと言って作業を中断して腰を揉んでいた。
社長も得意になって作業効率を上げる為に僕ら三人を競わせた。T氏とH氏は僕に負けまいと必死で無理なしゃがみ姿勢を続けたものだから、最後はバテ気味だった。でも社長の手前もあり、簡単にギブアップはしなかった。
H氏は髪をほぼ坊主に近いぐらい短く刈っていて、顔が丸く卵形をしていた。いつも赤ら顔で汗をかいてばかりいる風だった。彼には武勇伝があった。職場の辺りが地元らしく、かつて10代の頃、多摩川の川原でアベックを襲った話をし出すのだった。
「俺が友達と夕方、川原を歩いているとアベックがいてね、みんなで脅かしたんだ。すると男の方が逃げちゃったんで、女の子を代わる代わるやりまっくたよ」といとも普通の出来事のように話をしたのであった。僕とT氏は内心はびっくりしながらも平静を装ってその話を聞いていた。
H氏は精力が溢れている様子だった。「俺はパートのB子さんとなら、いつでもやってもいいんだけどな」B子さんは中年の小柄なポチャポチャとした目元が愛らしい女性だった。T氏とH氏は横目でB子さんと眺めながら良く噂話をしていた。
それでもトロイカ体制も終わる時が来た。H氏が去りT氏が去って行った。二人とも腰痛が主な理由だったが、体力がついて行かないとの事だった。僕は再び一人残された。僕自身も2年になろうとしていたので新しい道に進む時が来ていた。
今度は正社員として働きたい。しかも組立てではなく部品管理をする様な会社が向いている気がし出した。身体が動き回る事を要求していたからだ。そんな矢先、僕はある日、社長に呼ばれた。
「Aさん、これからは社員として働いてもらえないかね」僕はとうとう来たと思った。考えさせて下さいと返事したものの、僕の決意は固かった。その時点で辞める決心がついたのだった。社長を一人残すのは忍びないが、その時点では新人のN君が3ヶ月を迎えていたので彼に任せるつもりだった。
僕が辞意を伝えた時、社長はがっかりしたが、もうそろそろだと思っていた風の口ぶりもしていたから覚悟はしていたのだろう。僕のアルバイト生活はやっと終わりを告げた。



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夢の検証313

夢の続き

高い台車の上でカメラの設定をしていた。親戚のTさんが油の差し方の指示をしていた。台車が倒れそうになったので急いで降りた。カメラを持って撮影に出掛けた。級友のHは彼女を連れていた。一眼レフカメラで山の上にある寺院の写真を撮った。先に行くと茶店がありどら焼きを出してくれた。半分食べて左に広がる山野を撮影した。茶店に戻るとどら焼きが違う場所にあった。

夢の検証313
ビデオカメラの設定をしたことはあるがカメラの設定はしたことがない。ましてカメラに油を差すなど思いの他の出来事だ。台車は所詮不安定なのでその上で作業は困難だ。彼女のいる級友のHとは一体誰だ。寺院の写真は興味がある。日本の伝統美だ。茶店とは時代劇風で面白い。どら焼きも美味しそうだ。最近山歩きをしていないので山野は魅力的だ。どら焼きにこだわっている。

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