怒り変換機3

その3)
「これはAさんの目尻につけたセンサーが検知した悲しみによるものです」モニター横の青ランプが点滅しながら低い「ブーブー」という音が響いていた。
「一体、何が起こったんですか」A氏は腑に落ちないようだった。
「これであなたの感情が怒りから悲しみに変換されたということです。怒りとは自分の立場でしか物事を見ない時に発せられる感情なのです。この装置を使ってAさんは相手の立場からご自分を見る機会が与えられたのです。相手の立場に立つことで、あなたの行動が客観的に見てどのレベルのものだったかがはっきりした訳です。あなたはそこで初めて反省することができたのです。反省してAさんがご自分の非に気づかれた段階で怒りは悲しみに変わっていたのです」
「そういう仕組みなのですか。もう一つ怒り心頭に達する出来事があったんですがねえ」A氏は顔を曇らせた。
「それは一体、何ですか」心理士も彼の只ならぬ雰囲気を察知して緊張した。
「僕は経営陣と医師に対する怒りで胸が張り裂けそうなのです。この夏のボーナスが下げられたのです。病院の売上げが下がっているというのが経営陣の言い分でした。でも6月までは思ったほどに落ち込んではいませんでした」
「経営側の思惑は何なのですか」
「この4月に診療報酬の改訂が行なわれました。そこで入院での点数が激減したのです。うちのように療養病棟が大半の病院は大打撃を蒙ることになるのです。何故なら療養病棟の入院費がほぼ半減するからです」
「その影響はいつ頃から出始めるのですか」彼女は事の重大さに気づき始めていた。
「はい、7月以降打撃が大きいと予測されていました」
「なるほど、それを見越して経営陣は夏のボーナスから抑えにかかった訳ですね」心理士は経営陣の意図する目論見の概要を少しずつ掴み始めていた。
モニターには広い部屋に職員が多数集まり、正面に立っている数人の者たちから説明を受けている場面が映し出された。
『2ヶ月の要求に対して1.5ヶ月とは余りにひど過ぎる。管理職と医師の給与は年俸制で満額確保されているのに僕たちだけが売上げが下がりそうだという理由だけでボーナスカットされるのは納得できない』モニター横のスピーカーから良く聞こえる声で訴えが響いて来た。
「抗議されてるのはAさんですね。Aさんも見かけによらず強い口調で訴えられるのですねえ」彼女は感心しA氏を見直すようにして彼の顔をじっと見つめた。
「先生、そんなに見つめないで下さいよ。僕だって怒りが極まればこの位のことは言いますよ。これでも腹の虫が収まらなかったぐらいです」
「ここはそもそもどこなのです」
「ここはカフェテリアと呼ばれ主に職員用の食堂として使われています。ボーナス交渉時期には組合員の待機場所として使われるのです。この時、僕は初めて顔を出したのです。この時のボーナス闘争の厳しい事が予想されていたからです」
「初めて出られた割には思い切ったことを言われたようですね」彼女はA氏の気持ちを慮るように話を進めた。
「はい、始めはそこまで言うつもりはなかったのですが、次第に感情が高まって来ました。発言する前は胸がドキドキして言葉が口から出るか心配でしたが、話し始めると言葉が次々と示されて来たのです」
「Aさんの心にもそれまでに言い知れない鬱憤が溜まっていたのでしょうね。鬱憤の鉾先は一体どなたなのでしょうね。心当たりはありますか」
4に続く

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肉体の触れ合いと心の触れ合い

肉体の触れ合いと心の触れ合い

異性との肉体の触れ合いは二、三度続ければ飽きが来る。ところが心の触れ合いはそこから始まる。肉体の触れ合いは単発的に処理出来るが、心の触れ合いは永続的である。前者は単純に生理的欲求から 発するが、後者は淋しさから発するから厄介なのである。
心の淋しさは独身で異性との係わりがない者、或いは既婚者でも夫婦の交流がない者に特有な性情である。肉体の触れ合いが即、心の触れ合いに繋がる訳ではない。中には前者の積み重ねが後者を自動的に誘引すると誤解している者がいる。相手の心を引くために贈り物をしたり、手紙をしたためたりする。相手にとっては迷惑な場合も多い。

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