前哨戦11

その11)
ある日、何の前触れもなくA君は会社を去った。事情は全く分からなかった。突然、来なくなったのだ。いくら連絡しても二度と職場に戻りはしなかった。恐らく燃え尽きたのだろうと噂されていた。
働き方、動き方が尋常ではなかったので短期間に燃え尽きてしまったのだろう。或いは何か精神的な負い目を追っていたのかも知れない。K社長はまるで片腕を失ったようだった。
社長家族は明るいようで陰があった。A君が去った直後、僕はその秘密を見てしまった。K社長の長男には両腕が無かった。完全に無い訳ではなく、肩の付け根の辺りから手首が短く出ていた。
僕は間近で見て、そのショックを顔に表さないように努力した。彼はその身体で中学のサッカー部に所属していた。社長は大酒を飲み、ヘビースモーカーでもあったので、その影響かも知れなかった。
頼りのA君が急に去ったことでK社長の期待が僕に移ったような気配を感じた。後日この気配は現実となった。社長はいきなり人を入れ始めた。A君の埋め合わせをする為だ。
その後、入れ替わり立ち代わり様々な人達がその工場に雇い入れられた。脱自衛隊員あり、大学生あり、脱フウテンあり、学会の信者ありと目まぐるしく人が変わった。
作業姿勢が中腰やら、しゃがみ姿勢やらで不自然な姿勢なので腰を痛める者が続出した。中には一週間ともたない者もいた。半年続けば長い方と見なされた。一年以上の者は稀だった。
元自衛隊員は僕と同じような体型で痩せ型だった。彼は免許を取るという目標があったので意外と永続きした。普段は無口で余り言葉を交わしはしなかったが、何ヶ月かすると盛んに腰の痛みを訴えていた。
彼は近くのT自動車教習所に通いながら勤めを続けていた。やがて教習所を卒業できる見込みが立ったところで職場を去って行った。「自衛隊の彼にもきつかったんだな」K社長はポツリと言った。
近くにあるM工業大学からも二人の学生が来た。彼らは機械科だったので体つきもがっしりしていた。僕は彼らと偶に昼食を共にしたものだった。中華やが歩いて2、3分のところにあったので餃子ライスを良く食べた。
その頃、僕は胃腸が優れずキャベジンを常用していた。彼らの前で飲むと「何を飲んでるの」と不思議そうな顔をされたものだった。彼らは薬とは無縁の人達だった。
M工業大学も歩いて2、3分の場所にあったので、彼らに紹介されて学食にも良く行った。そこではホットドッグが美味かった。学食で学生に混じりながらチェリオのグレープを飲みながら、それをほおばった。
二人の学生は熱心に働いていたが、卒業間近になると遂に辞めていった。それと共に僕の学食通いも終わった。ストーブの必要な季節になり、僕は弁当を職場のストーブ脇で食べるようになった。
12に続く

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算数文章題の逆行性

算数文章題の逆行性

中学受験でお馴染みの算数文章題を方程式で解けば簡単だ。未知数をX、或いはYとおいて文章の流れに即して方程式を作り、それを解けば良い。しかし方程式を知らない小学生レベルでは違う方法を使わざるを得ない。そこで困難で回りくどい演算式を使う事になる。問題の文章を逆行して読み、与えられた数値のみで演算式を組み立てなくてはならない。
方程式では分業が成り立っている。問題を方程式に立式する過程、立式された方程式を解法する過程。分業化したお陰で後者はコンピュータに委ねられる。算数では分業化が出来ていない。問題の文章を立式する時点で既に答に直結する演算式が要求される。こうした特殊能力を要求する中学受験に果たして意味があるのだろうかさえ。

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