長いトンネルの向こう 最終回

その4)
 結婚当初、専制的に彼女をあしらった自分の姿。料理が苦手な加代に感謝もせず食べていた自分の高慢。それらは確かにクリスチャンにあるまじき行為であった。
 さらに父母の介護で田舎と東京を往復する彼女との言い争いの日々。加代の強引さにほだされ、なけなしの金を使い果たして家族四人で列車に乗り田舎へ帰った日。両親の見舞いを終えて遅く帰った日の夜中、彼女に手を挙げた自分の短気。聡史の胸は申し訳なさで満たされた。
 聡史に圧迫され続けていた加代のいたい気な思いが、すべてノコギリの歯先に集約されているようだった。聡史は肉体に感じる痛みを、加代が今まで感じて来た精神的痛みとオーバーラップして感じ取っていた。加代は突然、廊下に物音を感じて聡史から離れた。
「あなた、近所の吉野さんが廊下の奥から来るわ。気をつけてね」加代の眼は完全に幻覚を見ていた。
「そうだな。気をつけないといけないな」聡史はすんなりと同調していた。
 急に寒気を感じ、聡史はその場にうずくまった。歯がガチガチと鳴っていた。聡史の上からかけられた、加代の手による毛布のぬくもりが、彼女の愛の残り火を示していた。
 聡史は毛布にくるまった状態で、そのまま朝まで仮眠した。加代はその晩もまた不眠だったようで朝方、彼女の声に揺り起こされた。
「あなた、今日からバイオリンの合宿よ。早く仕度をしなくちゃいけないわ」彼女は現実から遥か彼方へ飛んでいた。
 空が明るくなると同時に加代は外に飛び出して行き、近所で自分が正常であることを触れ回っていた。ついに聡史一人では手に負えず救急車が呼ばれ、歩き回っていた彼女を病院へ搬送することにした。救急車の中でも彼女は自分の正気を一人信じていた。
 病院到着後も納得せぬまま診断を受け、緊急入院が必要との医師の診断のもと病棟に連れ去られようとした時にも、彼女は必死に抵抗した。そこで独房に引き込まれる際に、冒頭に載せた叫び「パパー、パパー」が彼女の全身から発せられたのだった。
 入院は一年半に及んだ。入院後、半年過ぎた時、加代は生命の危機にさらされた。聡史はその時のことを忘れることはできない。
 ある時、処方された薬が強過ぎて彼女は個室で意識を失って倒れた。そして急遽、救急病院に運ばれた。聡史は職場にかかって来た緊急電話で呼び出された。渋滞に巻き込まれたバスの中でも聡史は気が気でなく、彼女の安全を祈り続け、生きて再会できることを願い続けた。「このまま死に別れることになったらどうしよう」との思いだけが胸を占めていた。
 加代が搬送された救急病院に聡史が着くと、彼女は入れ違いで元の病院に戻ったところで会うことはできなかった。ただ意識を取り戻し、歩いて帰れたと聞いてホッと胸をなで下ろした。彼女が生きて守られたことに感謝せずにはいられなかった。
 一年半の入院生活は加代を変えた。聡史も変えられた。彼女は従順さと落ち着きを取り戻し、聡史は彼女に対するいたわりを取り戻した。
 この十年間の試練を通じて、聡史は精神的にも変えられた。加代との感情的なしこりも消え、心の底から理解し合えるようになった。その結果、同居する姉との和解もでき、お互い相手の弱さをかばい合える心遣いが復活した。
 入院中、加代はあらゆる処方を試みられ、一時は主治医が匙を投げかけたこともあった。車椅子で廃人同然になった彼女の姿は痛ましいほどに聡史の胸に残っている。主治医として残る手段は電気ショックしか残されていないと宣告もされた時点では絶望のどん底に突き落とされた。(完)
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羞恥心の相対性

羞恥心の相対性

二人が社会通念を逸脱した行為をする場合、一方は羞恥心を感じるが他方は感じない事がある。二人の間に羞恥心の違いがあるからである。一般的に男より女の方が羞恥心は強い。羞恥心は慣れると鈍感になるが、男は鈍感になる速度が速い。男は変化に敏感だからである。
女は刺激を全身で受け取る傾向が強いが、男は局部的に受け取る。刺激の最大の受け口は目と局部である。目で受け取る刺激の主なものは言葉と画像だが二つとも思想に影響を与える。女は平均的に保守的であり新しい思想に馴染みにくいが、男は進取的に新奇な思想を受け入れる。思想は社会通念に影響を与え結果的に羞恥心をも変化させる。男と女の羞恥心が解離する所以である。

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