怒り変換機6

その6)
「これはS教団と言う団体が年末に行う募金活動の場面です。僕の病院が実はこの団体によって建てられたものなので、僕もこの日は駆り出されたのです」
「ああ、これが社会鍋と言われるものですか。私も渋谷の駅前で以前、見かけたことがあります。寒い時期なのに大変ですねえ」
「はい、寒さが一番こたえます。偶々この日U事務長も僕の横にいました。もう一人ハーモニカを吹く老人もその横にいました。ハーモニカの演奏を聞きながらU事務長はマイクで募金を呼び掛けていたのです。僕がそこに到着し、演奏が終わった早々、彼は僕にこう言いました。『Aさん、替わってくれる。自分達は休憩に行って来るから』僕はいきなりマイクを渡されて戸惑いながらも一人で通行人に募金を呼び掛けました。U事務長とハーモニカの老人は一緒にそそくさとどこかへ行ってしまいました」
「Aさんは一人残された訳ですね。それは心細かったことでしょう」心理士は同情を込めた眼差しでA氏を見つめた。
「ええ、一人で呼び掛け、合間には歌も歌いました。クリスマスキャロルです。一人女性が加わっていましたが、年配なので歌は歌わず、ただトラクトと呼ばれる小冊子を道行く人に配っているだけでした」
「どの位Aさんはマイクで呼び掛けながら歌ってられたのですか」
「30分以上はその状態が続いたと思います。僕にとっては長く感じられた30分間でした。身体は冷え切って声も震えて来ました」
「そうでしょう。辺りも薄暗くなりかけて来たようですもの。道を急ぐ人々もコートの襟を立ててますわ」
先ほどらいモニター横の赤ランプはつきっぱなしで「ピーピー」音がしていた。
「僕はこの一件でU事務長の素性を知った思いがしました。いくら職場の上司、いや待てよ、その当時彼の肩書きは単なる補佐で閑職だったのです。その彼に僕は募金の現場で命令される筋合いではなかったのです。それにも関わらず30分以上ほったらかしにされて酷い目に遭いました。それが僕の彼との忘れられない出会いの第一弾です」
「Aさんも災難でしたね。初めての出会いから悪印象を持たれていた訳ですね。最近その方との係わりは上手く行ってるのですか」
「とんでもないです。今朝も酷い出来事が起こったばかりです」
「それは一体どのようなことですか」
モニターには大きな会議室が映し出された。長テーブルを四角に囲んで会議が行なわれている様子だった。A氏の右隣には小柄な職員、左隣には小柄だが豆タンクのような職員が座っていた。左前方の角席には同じような体躯の職員、前方向かい合う席には中肉中背でがっしりした職員が座っていた。そして右手前方議長席には左側から血色の良い赤ら顔で年配の職員、その右には頭頂が禿げ上がり、顔も丸いが身体も丸いU事務長が座っていた。
「この会は毎週、月曜日の朝、行なわれる事務連絡会です。そこで各自が受け持った先週の出来事と今週の予定を発表し合うことになっているのです」
「出席人数は少ないのに広い場所で行なわれるのですね」
「そうです。この日も総勢6名でしたが、てんでんばらばら思い思いの席につきました。右隣のY君が報告した後、僕は先週の報告をし今週の予定を話しました。報告事項の中にホスピス医長のS医師から要望のあるハンディーエコーの見積り進行状況を説明しましたのです。するといきなりU事務長が声を荒げて詰問して来たのです。僕は呆然としました」
「Aさんは何か問題発言をされたのですか」
「僕にも皆目、見当がつかなかったのです」
7に続く

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