怒り変換機5

その5)
モニター画像は瞬時に切り換わり本当にボンヤリだが、幸せそうに過ごす家族の姿が映し出されていた。食卓を囲んで晩餐を楽しんでいた。その時、地震のように画像は上下左右に揺れ、食卓の皿は下に落ち、近くの食器棚からは茶碗や大皿が滑り落ち床で粉々に砕け散った。
「この室内の様子は何を表わしていると思われますか」心理士はA氏に向き直った。
「K医師の家庭の様子じゃないですか」A氏はモニターから目を上げた。
「Kさんの家庭が地震に見舞われるという情景は彼自身の不安を象徴しているのです。Aさんに給与削減の話を出されてKさんはすぐに将来、起こるであろう家庭の経済的危機を直感したのです」
「でも、良くK医師の家庭情況まで画面で捉えることができたものですね」A氏はこの変換器の威力に感服していた。
「それには仕掛けがあるのです。実はAさんの脳に蓄えられたK医師についての情報も使わせて頂いています。ですからKさんの家族構成やマンションに住んでいるらしい様子もモニターに映し出すことが可能となったのです」彼女はカラクリを説明した。
「それでやっと納得できました。つまり僕がK医師とかつて話して得た個人情報が役立ったと言う訳ですね」
「そうなのです。機械がいくら優れているとは言え、相手の映像のみから其の脳内部で考えている画像を吸い上げるのは不可能に近いのです」
「ところでK医師の不安を知ったことが、何か意味のあることだったのですか」
「あなたは未だ気づかれていませんか。さっきから怒りの赤ランプが消えているのですよ。替わりにその隣りにある悲しみの青ランプが点滅し始めました」
「とおっしゃると僕の感情が怒りから悲しみへと変化したって訳ですか」
「その通りです。AさんがK医師の心情にある程度、同化できたことで彼に対しての怒りそのものが消えたということなのです」
「先生、もう一人僕の心の中で怒りの対象となっている人物がいるのです」
「同じ職場の方ですか」
「良くお分かりになりましたね」
「ええ、先からAさんの脳内映像でしばしば頭が禿げ上がったチンチクリンな方が出ていらっしゃいますでしょ。私はこの方が怪しいとにらんでいたのです」
「正にその通りです。彼はU事務長と言って今年4月から着任しました」
「でも去年の画像実績にも登場した形跡が残っておりますね」
「へえ、損な形跡まで残されているんですか」A氏は驚きで目を見張った。
「そうです。Aさんの記憶回路から彼についてのすべての情報が抽出できるようになっているのです。それを一つのまとまったデータベースとして保持できます」
「はあ、じゃあ僕が彼に対して怒りを感じた情報も抜き出せるって訳ですね」
「ええ、それはたやすいですよ。映像を遡って彼が最初にあなたの前に現われた時からの記録を流してみましょう」心理士はキーボード操作で映像を映し出した。
大きなデパート前の人通りが映し出された。デパートの飾り付けや道行く人々の服装、慌しさから年末が近い様子が見て取れた。眼の前には大きな土鍋が三本の支柱に支えられて、道行く人々の邪魔にならない位置に置かれていた。時折その鍋に何人かの人がお金を入れる募金風景だった。
6に続く

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

記憶の上塗り性感帯 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。