老人の息子

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良太の転機8

その8)
挫折
良太はあまりにも授業をサボったために二度も留年した。後年、彼は何度か夢でうなされた。進級試験の会場に時間通りに行けないのだ。さらに試験問題を見てもまるでチンプンカンプン。どうしたものかと思案に暮れている内に目が覚めるのだ。
同じ夢の中に受験勉強している場面も良く出て来た。その時は物理でも数学でも苦労せずにすらすら解いているのだ。その夢がそのまま続けば良いがなと思っていると急に目覚めて現実に戻る。
「留年も混ぜて4年、大学にいた俺は早く仕事をしたかった。金にもならない勉強に時間をかけてはいられなかった。それだけ人生を前向きに捉えるようになっていたということさ。あの体験以来ね」
「でも大学は卒業したんだろ」ごく当然のように水沼は聞いた。彼は卒業証書を社会へのパスポートだと考えていた。
「いや中退したよ。俺は迷わなかった。親には随分、反対された。おやじは卒業だけはどうしてもいてくれと泣きついて来たよ。俺は辛かったけどおやじの頼みも受け入れられなかった。おやじは社会での肩書きの重さを充分知っていたんだろうな。俺の将来を考えて卒業をすすめる気持ちには本当に頭が下がったよ。でも俺は折れなかった。そこで折れたら俺自身の生き方が根底から覆されることになったんだ」良太は深い決意を秘めていた。
「別に無理して苦労をしょい込まなくったって良いのに。俺だったらなるべく楽して金を稼げる方を選ぶけどな。お前は変わってるよ」水沼は良太を完全には理解し得ていなかった。
「キリストの生き方に接して初めて僕は目を開かれたんだ。昔から言い古されたことだし、あまりにも教訓じみてはいるんだが、人間が成長する上では苦労や苦難が必要不可欠だとわかったんだ。僕はあまりにも満たされた何不自由ない環境で育てられて来た。それは幸運というしかない。でも、それは自分の努力で手に入れたものではないんだ。親が用意してくれたものだ。僕は今まで当然だと思っていたことのすべてが実は当然のことではなく、親や社会が僕のために買ったり、作ったりしてくれたことに気がついた。感謝の思いが初めて湧いた。自分が今までいかに周りに世話をしてもらって生きて来たかを知って愕然とした。それは自分の無力さに気づいた瞬間でもあった。このまま過保護に育てられて行ったら、軟弱な人生を送ることになりそうだとの危惧を抱いた。僕は自分を鍛えなくてはいけないと痛切に感じた」
「そうだよ。働くってのは苦労や苦痛を伴うものさ。最終目的はいかに多くの金を稼げるかだよ」水沼は金の多寡にこだわり続けている。
「僕は大学中退後、アルバイトをしながら英語の資格を取ろうと思った。高卒の資格しかない僕は何らかの資格がほしかった。個人々々が専門性を持つべきだと考えていた」
「大学卒業の資格を放棄したお前が英語の資格にこだわるのは矛盾してるんじゃないの。資格を取って安心したかっただけじゃないの」水沼は痛い所を突いて来た。
9に続く

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