愛による仲裁

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良太の転機1

その1)
金第一
「神埼、やめとけよ。お前らしくない。今の世の中、何てったって金が第一なんだからな」と良太の無二の親友水沼は自信あり気に言った。彼は自信家だった。大学卒業後も稼ぎの良い会社はどこかをいつも念頭に置いて就職活動に取り組んでいた。水沼は世間的に見れば標準タイプだったのだ。経済的に生活が豊かになることを至上命題としていた。
良太は水沼を理解してはいたが、心の底では反発する何かがあった。「結果的に金が稼げるのなら言うことはないが、生きるのは金儲けが優先されるべきではない」と考えていた。それを水沼に話すと決まって帰って来る答えは「神埼、お前の言ってるのは理想論だよ。お前だって結局は金が欲しいんだよ。それを上手く取り繕ってるだけなのさ」良太としても金が欲しくない訳ではなかったので何の反論もできないのが歯がゆかった。
良太も恐らくあの体験がなければ、水沼と同じような路線を進んでいたことだろう。あの体験とは良太が生命の尊厳を初めて知った体験である。
良太はそのころ体も心も衰弱していた。それは青春時代、誰もが体験する心の悩みだったのかも知れない。彼は絶望の中にいた。志望する大学にもすべて落ち浪人生活をしている最中だった。
「俺は一体何がしたいのか分からなくなった。大学へ行っても意味があるのだろうか」と良太絶望の中で毎日を過ごしていた。しまいには「俺が生きている価値があるのだろうか」といった切羽詰った気持ちにまでなったいた。
良太があれほど好きだったゲーム機も魅力がなくなった。クイズのように楽しく打ち込んでいた数学の問題も無意味に思われて来た。心から没頭できた読書も無意味になっていた。「俺にとって快楽がすべてなんだ」と思って身も心も捧げ尽くした快楽が泡のように消えてしまった。
心の衰弱の後に身体の衰弱が続いた。良太は食欲も湧かず少し食べると下痢を起こすことが多かった。仕方なく炬燵に体ごと入れて暖を取った。同じ炬燵に母ツタがいた。彼女も体調を崩していた。玄関先で転んだ拍子に左腕を折り包帯を巻いていた。転んだ時に頭も打ったらしく神経もやられていた。そのため太陽のまぶしさに耐えられないのだった。
良太とツタは二人して昼間から薄暗い部屋で時を過ごした。流れて来るのはラジオの音だけで母子は何話すでもなく、炬燵の中に身を横たえていた。二人揃って半病人のような生活をしていたのである。
良太は心身症のように気力も体力も衰えて行った。立っていてもふらふらしたのだ。特に立ちくらみがひどく、立ち上がった瞬間に意識が薄れそうになる事もあった。
そんなある日、ふらふらしながらも散歩に出た。日が沈んだ町は灯りをともした。良太は少しでも灯りを避けるように暗い街並みを歩いた。夜風は次第に冷たくなった。凍えそうな手をコートのポケットに突っ込み前かがみに歩き続けた。「俺がこのまま夜の闇に吸い込まれて行っても周りは何も変わらないんだろうなあ。このまま俺の存在が消えたら楽なんだろうなあ」良太は死に対する恐怖感はその時なかった。
2に続く

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