啓示5

その5)
H氏は家に帰って、妻M子に転職のことを相談した。彼女は以前から彼にB病院勤務を勧めていたが、なかなか彼をその気にさせられなかった。それがこうあっさりと彼の心境が変化したことに驚き怪しんだ。
「あなた一体、何があったの。急に病院勤務を決心するなんて」
「僕は昨夜、夢で啓示を受けたんで、さっき裏山でそれを確かめて来たのさ」
「確かめるって、まさかあなた神様と話して来たんじゃないでしょうね」M子は恐る恐る聞いた。
「そうさ僕は神と話して来た。その場には何と悪魔もいた。僕は夢が本当だったことを知ったのさ」Hは平然としていた。
「あなた、そんな力どこで身に着けたの、いつからなの」M子は好奇心に満たされた。
「それは僕が人身事故を起こした直後からさ」Hはその時の情景がまざまざと頭に浮かんだ。
「それじゃ2,3ヶ月前の事ね。一体あなたの心に何が起こったって言うの」
「うん、あの時、僕は自分に対する自信を全く失ったんだ」
「自信を失うって、どう変わったわけ」
「その時まで僕は車の運転に自信を持っていた。普通に運転していれば事故を起こす訳はないと自負していた。それが人身事故を起こしてから僕は自分自身にに疑いの目を向け始めたんだ。前方に注意してたにも拘らず、対向してくるオートバイが全く目に入らなかった事にショックを覚えた。緑の網フェンスの陰から、いきなりオートバイが飛び出し、車の左ボンネットにぶつかった時には自分の眼が信じられなかった。全く夢でも見ているに等しかった」
「あなた、本当にオートバイの近づく気配も感じなかったわけなの」M子は不思議そうだった。
「そうさ、音も聞こえなければ、その影さえも認められなかったんだ。だから僕には衝突を避ける術はなかった」
「それがあなたの運転に対する自信とどう結び付くの」彼女は物分りが悪そうだった。
「つまりだな、僕は信頼していた視覚という感覚からさえ裏切られたような気分だったのさ」彼は少し感情的になった。
「そう声を荒げないでよね。あなた、すぐムキになるんだから」彼女は口をとがらせた。
「別に怒ってないだろ。君がなかなか分からないから説明のしようがなかったんだ」
最終回に続く

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