逆転 最終回

最終回)
「わしら人間は自然に何ら与えることはできんのじゃ。自然からエネルギーを奪うことしかできんのじゃ。しかも天の恵みを日々、受けておる人間には不満が絶えず、感謝の念もない。神がお怒りになるのも当然じゃろが。それを罪と呼ぶ」
「え、自然や神に対して罪なんて変じゃないですか」
「変なものか。おぬしが誰かから借金をして返さなかったら罪じゃろが。おぬしは自然から命を受けた上に必要な空気・水・食料を無償で受けておるんじゃぞ。しかもその送り手に借りを返さないばかりか、感謝もせんでは罪に当たるも当然じゃろが」仙人の怒りはここに来て最高潮に達した。
「はあ、ごもっともです。恐れ入りました」K氏は平身低頭し謝るしかなかった。
「おぬしの社長は罪の権化と言っても良い。人から奪うことしか考えておらんからじゃ。客からは儲けを奪い、部下からは労働力を奪っておる。客には見返りに商品を渡し、部下には給料を支払ってはいるものの、減点主義の彼はいつでもより多く奪う機会を狙っているんじゃ。客には少しでも高く商品を売ろうとし、部下の給料は失敗があれば下げようとする。彼は単に私腹を肥やすことしか考えてはおらん。そんな会社にいたらおぬしは早晩、身の破滅を招くじゃろう」
「かと言って今すぐ辞める決心はつかないのですが」K氏は今の会社が何よりだった。
「そうであれば今の会社で耐え忍ぶしかないじゃろう。やがてそのワンマン社長もS常務も目を覚まされる時が来る筈じゃ。その時までおぬし、耐え抜く自信はあるか」久利仙人はK氏に鋭い突き刺すような視線を投げ掛けた。
「はい、生活のためであれば、現状を耐え忍ぶつもりです。でも少なくとも私だけは彼らと同じ轍は踏みたくはないのですが、どうすれば宜しいでしょうか」
「それには時たまわしに会いに来ることじゃな。そして昼間でもわしの事を思い出してほしい。着の身着のまま必要最低限の食事でも満足し、自然の恵みに感謝できる人間がこの世に実在する事を知っていてほしいのじゃ」それだけ言うと久利仙人は霞のように消えていった。
同時にK氏は眠りから覚めた。頭はすっきりし、心臓は規則正しい鼓動を続けていた。先ず彼は夢で平安が得られ、新しい一日を迎えられたことに感謝した。そしてベランダのガラス戸を開け、燦燦と降り注ぐ太陽の光にその膚を晒し、冷気を含んだ空気を胸一杯吸い込んだ。身体から脳から全身が神の息吹に満たされたことに新鮮な喜びを覚えた。生まれて初めての経験だった。彼は心から今ある命に感謝を捧げた。
自然の霊と一体化した瞬間、K氏からすべての不安は掻き消え、自然に対し恩返ししようという意欲だけが心に息づいていた。

後日談)
それから3年経った歳の暮れ、その会社は潰れた。
潰れる前に常務は新任の総務部長と結託して会社を飛び出していた。その際、主力商品テンピュールの販売権を持ち逃げした。従って残された社長は主力商品がないままに彼の追従者と共に懲りもせず新会社を起こした。
もちろんK氏は常務とも社長とも別の道を行った。長年の呪縛からやっと解放されたのだった。慌しい年の瀬に就活した結果、運よく外資系メーカーの業務ポストを手に入れ、年明けからの仕事が決まった。

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啓示1

その1)
Hは裏山に登るのが好きだった。家の裏庭から続く小道に沿って、緩やかな勾配が頂上までつながっていた。日が西に傾きかける午後遅く、裏山に登ると中腹の開けた空き地から遠い連山に沈む夕陽を見ることができた。Hは夕陽に神の霊が宿ると考えていた。
夕陽を見ながら彼は今日一日、無事で過ごせたことを感謝した。そして必ず今、自分が社会の為に何ができるかを問うのであった。
神の答えは明白だった。「世に福音を伝えよ」と言うものだった。
神は有史以来、其の姿を人類に示し、偉大な力で其の民を導いて来た。地域によっては多神教として現われ、また唯一神として現われた。いずれにせよ古代、人類は神に畏怖の念を抱いていた。
近代科学は神の存在を否定した。雷・台風・地震等の自然現象は科学的に説明され、其処に神の介在を否定した。人間そのものの生命さえも人間が取り仕切るほどまでも近代医学は其の実力を高めた。
Hは夕陽を見ながら呟くように祈りを唱えた。彼は最近やっと心の奥から神の応答を聞くことができるようになっていたのだ。
「宗教が受け入れられない今の時代に一体、どうやって福音を知らせれば良いのでしょうか」
「聖書を主体としてキリストに倣って宣べ伝えれば宜しい」神は断定した。
「それでも聖書は日本人には馴染みが薄く、キリストの名を知ってる人は殆どいないのです」
「それだったらHよ、おぬしが時代に合った方法を考案するが良い」神の答えは簡単だった。
「簡単に見つからないので、こうして相談しているのです」
「もう少し苦しまなくてはいかん。独創は苦しみの中からしか出て来んのだよ」
「はあ、そう言われますと未だ苦しみ方が足りないのかも知れません」
「皆に平等に与えられておる24時間をいかに有効に使うかが問題じゃよ」
「私としては有効に使っているつもりなのですが、未だ不足でしょうか」
「そうさな、のんびり身体を休めている時間が、ちと長過ぎるようじゃな。わしなどは眠る暇がないほど、考え続け、動き続けておるんじゃよ」
「それは神様がすべてを統制しておられますから、お忙しいのは充分、分かります。私も身体と心を壊さない程度には努力しているつもりなのです」
「おぬしが精一杯、努力しておるということならば近々、必ず成果は出て来る筈じゃ」
「今の時代あなたは無視され通しで悔しくはないのですか」
「わしはするだけの事はして来たつもりじゃ。イスラエルを中心として古来、幾多の預言者を世に送り、わしの力を顕示して来た。2000年前にはイエスを世に送り、人類をわしに立ち帰らせるきっかけも作ったのじゃ。それでもわしに目を向ける人類は一握りじゃった。わしは人類に過度の期待は寄せておらんのじゃよ」
2に続く
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