逆転2

その2)
社員は誰もが戦々恐々としていた。失敗だけは起こさないように無難に仕事をこなしていた。大きなミスを犯さないように誰もが目立たず保身に走っていた。
K氏は偶々運が悪かったのだった。カタログの価格ミスも一部、社長にも原因があった。社長は自分のミスを隠す為その責任をうまく責任者のK氏に転嫁した。また輸入品の欠品騒ぎもK氏だけの責任に帰するものではなかった。資金繰りが厳しい折、仕入れを絞った矢先、急に販売が伸びたことが原因だった。
K氏は真の原因を上層部に訴えることはできなかった。そんな事をすればそれこそ自分の地位が危ういことを知っていたからだ。だから彼は上層部の決定に従い減給を甘んじて受けたのだった。
K氏は暗い寝室で目を閉じ、この一週間の出来事を反芻している内にいつしか眠りに就いた。そして夢を見た。
彼は今、正に峻厳な岩肌を登り詰めていた。息は上がり心臓が張り裂けそうだが止まって休む場所もない。眼下は雲に覆われて下界は全く見通せない。両足で踏ん張り力なく両手を突出した岩棚にかけ、最後の力を振り絞って身を引き上げると前方に開けた岩盤が現出した。
彼は安堵の吐息を洩らし岩盤の上にその身を横たえると間近で咳払いが聞こえた。
「誰かいらっしゃるのですか」彼は脅威を感じ、知らずに丁寧な口調となっていた。
「ほう、わしの領分に何しに来た」まるで雷を声にしたような響きが木魂した。
「あなたは神様ですか」K氏は恐る恐る聞いた。
「いや、わしは神ではない」その老人の顔は一面、白い髭に覆われ眼だけが異様に光っていた。
「それでは閻魔大王ですか」
「閻魔大王がこんな山の上にいるものか」
「では神様に近い預言者ですか」
「まあ、そのようなものだ。用は何だ」
「はい、取り立てて用があった訳ではないのです。会社での苦しい思いを断ち切ろうと山を登り続けている内にここに着いたのです」
「ここまで来た者にはさらなる試練が待ち受けているんじゃ」
「え、会社で責められ、岩山を登って来た上に未だ試練を受けろとおっしゃるのですか」K氏は多少、不満を洩らし始めた。
「何を甘いことを言っておるんじゃ。今までの苦しみなど何ら試練に当たらぬわ」足下で鳴り響く雷鳴の音も掻き消されるほどの声だった。
「何で私だけがこんな苦しみに会わなくてはいけないのですか」
「わっはっは、おぬし、考えが甘いわ。おぬしの苦しみなど物の数ではないわ」
「そんなものですかねえ」
「そもそも、おぬしは人生について思い違いをしておるようじゃな」
「人生は楽しく過ごせれば良いんではないですか」K氏の答えは単純だった。
「そんな考えじゃ、おぬしの会社のS社長と違わぬじゃないか」
「社長をご存知ですか」
「わしの知らぬものはない。とりわけ、あやつは自分の懐を肥やすことしか考えておらん。社員の幸せを考えるでもなく、社会に貢献するというのは見せかけに過ぎず、私腹を肥やすことだけに血道を上げておる。全く人の道に悖っておる」怒りに燃えた声が響きわたった。
3に続く

nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。