逆転6

その6)
「久利仙人はすっとここに住んでおられるのですか」
「そうじゃ、この奥にほこらがあり、そこで雨風を凌いでおる」
「山を下り、町へ行くことはないのですか」
「町は誘惑が多くていかん。必要な食料さえあれば山の上での生活が快適なんじゃよ」
「私にはとてもできそうもない生活ですね」
「まあ、これも慣れじゃよ。わしのことはどうでも宜しい。ところでおぬしは何か悩みを抱えておりそうじゃの」
「その通りです。悲しい宮仕えに弱り果てております」
「おぬしが会社で大変な思いをしているのはわしも知っておる。何しろわしには人の心の底を見通す透視能力もあるのでな」
「はあ、それなら話しは早いですね。私の悩みを解決する方法はありますか」K氏は単刀直入に解答を求めた。
「おぬしも気が早いのう。解決方法を話す前にその原因を探らねばならん」
「原因と言われても私は毎日毎日、いかに社長に失敗を指摘されずに過ごすかに汲々としてますので、深く考えたことなどありません」
「それでは教えよう。おぬしの悩みの原因はその会社であり、会社を支配しておるワンマン社長なんじゃよ。おぬしが悩みから完全に解法されるには、その会社を去るしかないじゃろな」
「そんなこと言われても困ります。子供は小さいですし、生活費もかかります。この会社を辞めたら経済的基盤を失うことになるのです」
「健康に毎日を過ごしさえすれば経済は自然とついて来るものじゃ。金の心配をしていたら、いつまで経っても魂の平安は得られんよ」久利仙人は冷たく突き放した。
「久利仙人様、他に手立てはないのですか」
「いきなり、わしに丁寧な呼びかけとしても解決策が見つかるわけでもないのじゃよ。自然には天地開闢の初めから厳然とした理がある。『天地は与え、人は奪う』というものじゃ」
「はあ、そう言われても全くピンと来ませんねえ。まして私が会社を辞めなくちゃいけない理由とは全く結び付きませんねえ」K氏は首を捻り過ぎて筋を違えそうになった。
「まあ、そう先走るな。これから少しずつ説明する。天地の中心は太陽じゃ。太陽は神そのものと言っても良い。無尽蔵にエネルギーを放出する源だからじゃ。太陽がなければ凡ての生命活動は成り立たない。それは分かるな」仙人は確認した。
「はい、それぐらいは分かります」K氏は胸を張った。
「それが分かれば99%分かったと同然じゃ。地上の気象現象や生命活動はすべて太陽のエネルギーが取り仕切っている。太陽こそは自分の身をすり減らして周りの世界に恩恵だけを施しておる。無償で与える姿勢が神であり愛であるんじゃ」
「すると太陽は愛の塊ってことになりますね」
「そうだ。太陽が発する愛が育んだ自然の恵みを日々、受けているわしらは一体、自然に対して何を返しておるんじゃ。空気を作る森林を伐採し、空気そのものも汚し、体内に水分を供給する川の水を汚しておる。まるで恩を仇で返すようなものじゃ」久利仙人は怒りでその声は雷のように辺りに轟いた。
「そう言われればその通りです」K氏は否定しようがなかった。
最終回へ続く

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