サラ金の親分3

その3)
「わしは今のところ何の悩みもないがな。あ、でも一つだけ気にかかってることがあるんじゃよ。わしが死んだらどこへ行くかということじゃ。わしの身体は燃やされて灰になるんじゃが、財産は惜しい、家族、中でも孫と離れるのは辛い。死んだら旨い物は食われへん。女遊びはできん。旅にも行けない。わしは死ぬのは一向に恐くないが、その時点ですべての快楽が奪い取られるのが我慢できんのじゃ」親分は悔しそうに歯噛みした。
「それはあなたが神様を認めないからです。人を人とも思わない親分さんでも悩みがあったのですねえ」Qは同情の目を向けた。
「いや、こんな事を人前で言ったのは初めてじゃ。子分達の前で弱音を吐くのは禁物だからの。あんたの前では不思議と白状させられてしもうた」
「私たちは人前でも弱音を出すことが大事なのです。自分をさらけ出す機会が現代は益々、少なくなっているからです。誰もが建前ばかりで話しています。友人や家族に対しても建前しか話せなくなったら、大勢の中にいても孤独なだけです。都会は孤独な者達の集まりなんです」Qは寂しく一点を見つめていた。
「わしがこれだけの財をなしたのも死に物狂いで仕事に打ち込んで来たからなんじゃ。わしは若い頃、身体が弱く肺炎で死にかけたんじゃ。一命を取り留めてから、わしは自分に運気があるのを知ったんじゃ。それからはわき目も振らず仕事に打ち込んだ。多少、無理をしたが、不思議と健康は保たれておった。財をなすのにわしは人を信じなかった。自分だけを信じておった。人は信用できん。相手が金持ちになると態度が変わる奴が多過ぎるんじゃ」親分は暗い過去を噛みしめていた。
「そうなんです。人は金を持ってる者だけを高く評価するものです。彼らは人を見ないで、金だけを見てるんですよ」
「わしは金持ちになり周りに群がる人間も多くなったが、誰も信用せんかった。だから、わしはいつも孤独じゃった。家族でさえも金目当てにわしを慕っていると考える程じゃった。大病をした後でわしは神の存在だけは信じるようになった。わしに命を与え、肺炎をくぐり抜けても生かして下さった神は本物だと確信するようになっていた。証明はできなんだが、実感しておったのじゃよ」親分は遠い過去を懐かしんでいた。
「そうなんです。目に見えない存在を証明する必要はありません。神との出会いはあくまでも個人的体験なので、人に自慢することではないのです。個人的に体験した思いを心の土台として生きれば、それでじゅうぶんなのです」Qも辛い過去を振り返っているようだった。
「何かあんたと話す内に、身分の違い、財産の違いはあるものの、共通点が見えて来たのは不思議じゃのう」
「見えない神の存在を確信し、神の前にへり下ることが宗教の第一歩なんです」
「わしは神の前でへり下るという態度が分からんなあ」親分は困った表情をした。
「神の前にへり下るとは、神からの借金を念頭に置き、生きている内に少しずつ返そうと努力する気持ちなのです。神に恩を返す気持ちがあれば、自ずと高ぶった心は消滅するのです」Qは言葉に力を込めた。
「わしが神に借金をしているとでも言うのかね」親分は驚きを隠せなかった。
「そうです。私たち人間は誰もが神に対して借金をしているのです。生まれてから借金は増え続けますが、死ぬ時には全額返さねばなりません」Qの口調は厳しかった。
「わしは人に金貸しはしとるが、神と金銭のやり取りをした事なぞ一切ないぞ」親分は不本意そうにQを見据えた。
「確かに金銭のやり取りはないかも知れません。でも、あなたはその身体を神から授かったではありませんか。そして一度、死にそうになったのに助けられたではありませんか。それが金銭には換えられない借金なのです。金では買えない程の貴重な身体をあなたは備えられているのです」Qはしみじみとして語った。
4に続く
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