初恋慕5

その5)
(失望)
さて良太にとっては待ちに待った土曜日が来た。午前の授業が終わると、クラブに入ってない生徒は三々五々家路についた。良太はその日の午後を心待ちにしていた。昨夜も中々寝付けなかった。眼を閉じれば、緑地公園の中で遊び戯れる寿美子の姿が瞼に浮かんで消えなかった。彼女と目と目を合わせ、その指先に触れる自分を想像した時、眠気は吹っ飛んでしまっていた。
寝不足でさっきからアクビが出て、止まらなかった。
「神崎、大分お疲れのようだな。じゃ一時頃、お前んちに迎えに行くからな」畑中はそう言って、校門のところで良太と別れた。
午前中、広がっていた青空も午後からは徐々に雲に覆われ、太陽も厚い雲に閉ざされて来た。良太と畑中は自転車で緑地公園に向かっていた。日が翳って来て、風も出て来たようだった。一時半の待ち合わせ時間に、公園内の休憩所に辿り着いた二人は辺りを見回した。
「未だ誰も来てないみたいだな。俺たちが一番乗りだ」
「言い出しっぺの藤木は遅いなあ」
「あいつは足が短いから走るのに時間がかかるんだろう」畑中は口が悪かった。
噂をすれば何とやらで、木立の間を縫う小道を、上体を左右に揺らせながら走って来る藤木の姿を畑中が目ざとく見つけた。
「あっちから藤木が走って来るぞ。こっちだ、こっちだ」彼は盛んに手を振った。
辿り着くと藤木はハアハア肩で息をしていた。大きな顔のほぼ全面に汗が噴き出ていた。それを手の甲で拭った。
「女の子たちはすぐに来るよ。途中で会ったんだけど、俺だけ遅れないように駆けて来たんだ」
「そうか、後は鈴木と浦城だけだ。鈴木は柔道部だから来れないかも知れないな。浦城は来ても来なくてもあまり人数には入ってないしな」畑中はまたひどいことを言った。
やがて女の子たちが遠くで手を振るのが見えた。良太は嫌な予感がした。眼の錯覚かとも思った。最近、視力が衰えているとは言え、遠くからでも寿美子の存在は察知できたはずだった。ところがどう眼を凝らして見ても、彼女の影さえ認められなかった。
頭数は4人いた。背の高い、長い髪を三つ編みにした中村美津枝。小柄だが眼がクリクリとして愛嬌のある藤井宣子。大柄で長い顔をし、顎がしゃくれ気味の磯野照子。一番小柄で顔が小さく、思い合わせたように目も小さい田中和子。彼女はまるで中村の付き人のような存在でもあった。しかし、そこには細谷の姿はなかった。
良太は眼の前のカラーが急に白黒に変わったように感じた。そう言えば、息せき切って駆けて来た藤木の顔も、今思うと心なしか沈んでいたようだった。彼は良太の手前、細谷の不在をわざと伏せていたのかも知れなかった。
「お待たせ。遠くの子が多いんで遅くなってごめんね」藤井宣子はいつもいたって明るかった。明る過ぎて影がなく、女の子としての神秘性には欠けるのだった。
ここでは「細谷は来ないの」と誰も聞く者もなく、話題にする者もいなかった。
良太はそこで何の遊びをしたのか、良く憶えてもいなかった。恐らく{鬼ごっこ}だか{かくれんぼ}だかの、他愛もない遊びをしたのだろう。彼は寿美子がいないところでは、魂のない人形のようだった。
その内、細谷の親友である中村がポツリと言った。
「細谷さん、今日は来れないみたい。明日バスケットの試合があるんで、今日は抜けられないらしいわ」
「へえ、そうかあ、残念だったなあ神崎」畑中がそう声をかけて来た時には、良太の足は既に家路に向かっていた。
「俺はそろそろ帰るよ」と一言だけ言い残して、その場を立ち去ろうとしていた。
「おい待てよ神埼、一人で帰るなよ。俺も行くよ」畑中が急いで後を追って来た。
「わあ、神埼君も畑中君も帰っちゃうの。つまんないわね」女の子たちは誰からともなく異口同音でつぶやいていた。
「お前たち裏切るのか」藤木は一人残されるのが決まって、困ったように抗議した。ところが内心ではあまり困ってはいなかったのだ。彼は一人でも女の子に囲まれているのが好きなタイプだったからだ。
6に続く

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