初恋慕2

その2)
(ときめきの回想)
バスケット部に属していた細谷寿美子は跳躍力が並み外れていた。男子に混じってもひけを取らないほどであった。秋の気配が漂い出した、ある午後の一コマ、体育の授業での出来事を良太は思い返していた。その授業では男女混合で走り高跳びを競った。もともとジャンプが得意な良太を含め、4,5名の男女が最終バーの高さまで残った。女子としてはただ一人、細谷もその中にいた。
彼女は頭が小さく、八頭身はあるかと思われた。紺色のブルマーからのぞく、引き締まった両ももから伸びた、丸味を帯びた膝頭とほっそりとした足首は良太の眼と心とを捉えて離さなかった。成熟し、はち切れそうな下半身を覆う紺色の生地は、まるで彼女の肉体曲線と一体化していた。
細谷が助走を始め、彼女の身長ほどのバーを飛び越える直前、その身体は見事にくの字に折れ曲がった。上空でくの字はさらに押し潰されて、彼女の額がつま先に触れそうにまでなりながら、バーの上を通過した。砂地に着地した彼女の脚は、明らかに胴よりも長く見えたのだった。
良太の瞼には細谷の跳躍シーンが焼きついて離れなかった。その時から彼は今まで感じたことのない胸のときめきを彼女に感じ出したのだった。彼は彼女の注目を引きたいと思うようにさえなって行った。
さらに良太はその後の心境の変化についても思いを馳せていた。秋は深まり、教室の窓から見える校庭の木々も冬に向けた装いを凝らす時期にさしかかって来ていた。
「おい神崎、消しゴム貸してくれるか」となりの鈴木がさっきから良太に声をかけていた。
良太は細谷が社会の時間、先生に指され答えに詰まっているのに気を取られていた。以前ならば平然と見過ごしていた彼女の一挙手一投足が最近、気になり出して仕方ないのだった。
「おい神崎、どこ見てんだよ」鈴木はしびれを切らして良太の脇腹をつついた。
「え、何だよ」眠りから覚めたかのように良太は彼の方に向きなおった。
「何だ、じゃないよ。さっきから消しゴムを貸してくれって言ってるのに。お前、細谷の方ばかり見てたな」鈴木はニヤニヤしていた。
「そんなんじゃないよ。ほら消しゴム」良太は消しゴムを放り投げた。
鈴木健次はイガグリ頭でガッシリした体型をしていた。柔道部に属し女の子に興味がないようでいて、恋の予感には目ざとかった。後々、彼は良太が告白するのに一役買うことになる。
クラス内で良太の視線が細谷に注がれているのを気にする、もう一組の目があった。親友の中村美津枝だった。昔ポパイの漫画に登場したヒロインのオリーブオイルを彷彿とさせる、細身で長身の彼女はおさげがよく似合っていた。小さな丸顔にはクリクリした大きな瞳が光っていた。先入観なしに見れば、美人とも言える顔立ちをしていた。
彼女はいち早く正月攻勢をかけて来た。良太は多少、予期していたものの元旦早々、中村から年賀状を受け取った時には「やっぱり来たか」と思った。だが、そこに書かれていた内容はごく一般的な内容だった。彼にとっての嬉しい誤算は、ほぼ同時に細谷からも年賀状を受け取ったことであった。ほとんど予期していなかった出来事に彼は小躍りした。
細谷は均整のとれた肉体を誇り、女豹のような俊敏さを身に着けていた。軽やかな身のこなしと目立ち始めた胸の膨らみが男子生徒の注目を浴びていた。当初、美人とは思えなかった顔立ちも次第に色香が漂い始め、切れ長の目元をくしゃくしゃにする笑顔とほころんだ口元近くに出来る、えくぼが見る者を魅了して止まなかった。
良太は言葉では容易に伝えられない熱い思いを両目に込めて、幾度、彼女に視線を投げかけたことだろう。初めは彼の視線に気づかぬ風をしていた彼女も、いつしか良太の眼差しに微笑み返すようになっていた。
良太は年賀状の文面を見て、細谷も彼の思いに揺れ動かされ始めたのを知った。
{明けましておめでとうございます。
お餅を食べ過ぎて、お腹をこわさないでね}
最後の一文に込められた彼女のいたわりの思いを、良太は快い兆候と受け取った。今年の正月は幸先の良いスタートが切れそうだった。
3に続く

nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。