初恋慕3

その3)
(ボート乗り場)
事実、細谷を含め中村、鈴木と仲の良い男女グループで、この遊園地へ来れたのも幸先の良いスタートを象徴していた。
「お待たせ」物思いに耽っていた良太の耳元で、ガラガラした藤木のだみ声が響いた。
さざ波立つ池のほとり近くの木陰で待っていた良太は、最初にボート乗り場に着いていた。彼は他の連中を出し抜いて、恰好良いところを見せたかったのだ。加えて細谷に好意を寄せていることを誰にも勘づかれないために、彼女とわざと距離を置いていた裏目的もあった。
日差しを遮る屋根もないボート乗り場は汗ばむほどの暖かさだった。藤木に続いて、浦城・畑中・鈴木の男性群がやって来た。女性群の先頭には目当ての細谷に続いて、中村・藤井・磯野・田中がやって来た。
「神崎、速過ぎるぞ」と男性群の声。
「神崎君、お待たせ」と女性群の声。
「じゃあ、皆んな揃ったところで写真を撮りましょう」大人しそうだが、リーダー格の中村美津枝が提案した。
「あたしが撮るから、池を背にして並んで頂戴」小回りのきく藤井宣子がカメラ片手に最適スポットを見つけたらしかった。
神崎は男女の輪に近付きながらも、細谷の際立った可愛らしさに目を奪われてしまっていた。白いタートルネックと好対照をなした、上気したピンク色の笑顔が、真昼の陽光に照り映えて光り輝いていた。切れ長の黒い瞳は良太に何かを訴えかけているようにも見えた。思わず視線を下に落とした良太の眼に飛び込んで来たのは、ふっくらとして見えるセーターに包まれた上半身とは好対照に、引き締まった下半身のラインを際立たせているタータンチェックの赤いスラックスだった。肌にぴったり貼り付くようなコットン素材が、寿美子のももから足首までを窮屈そうに包み込んでいた。
良太は視線を感じて、再び目を上げると彼女のはにかんだような微笑が彼を迎えた。その時、隣で袖を引っ張る者がいた。藤木だった。
「神前、お前、さっきから何、見てんだよ。もう皆んな並んでるぞお」
良太はその声で我に返り、藤木の横に並んでしゃがんだ。
「はい、チーズ」藤井はそこで何枚か写真を撮った。
「それじゃあ、ボートに乗る順番と組み合わせを決めようよ」男子のリーダー格である畑中幸造が口をきった。
「組み合わせだけど、男子は男子、女子は女子同士で良いんじゃない。あたし男子と一緒だとちょっと嫌だなあ」それまで静かだった、小柄で地味な田中和子は自分の気持より、相手の男子の気持ちを先取りするかのように言った。
「それもそうね。男子と乗るより女子同士の方が気楽よね」横にいた、少し大柄で顔には自信のない磯野照子は田中に同調した。二人は無二の親友だったのだ。
「それじゃあ、組み合わせだけ決めよう。男同士、女同士で勝手に決めよう」女子には弱いが、男子には強いイガグリ頭の鈴木健次が主導権を握った。
良太は少しがっかりした。
―もしかしたら細谷と同じボートに乗れるかも知れない―と内心、期待してはいたものの、そんな事は素振りにも出せないことだった。鈴木の意見に納得顔で従うより他なかった。
男子も女子も3名・2名の組み合わせでボートが決まった。良太のボートには畑中と鈴木が乗ることになった。
「柔道とボード漕ぎは違うな。オールがこんなにも重いとは思わなかったぜ」鈴木は、もう額に汗をびっしょりかいていた。
「男三人乗ってるからじゃないのか」畑中は涼しげな表情でつぶやいた。
良太は寿美子の乗ったボートを目で追った。ところが彼女の乗ったボートは影さえ見えなかった。池の中央に小さな島があり、そこには木々が生い茂っていた。彼女たちのボートはその向こう側に行っているらしかった。
「鈴木、全速力でその島を一周しような。そうしたら交替してやるよ」良太は勢い良く声をかけた。
やがて彼らのボートは波を押し分けながら、木々のアーチをくぐり抜け、明るい陽射しの照りつける反対側まで到着した。目の前のボートには寿美子がへさきに坐って、後方を見ていた。彼女もずっと良太の姿を探しているようだった。いつの間にか漕ぎ手となっていた藤井も手を休めて、ボートを波の間に間に漂わせるに任せていた。
池の上で良太の眼に映っていたのは寿美子の姿だけだった。彼女はボートのへさきでも斜に構え、流し目で彼の方を見ていた。彼には彼女の赤い少しとがった唇が急に愛おしく感じられ、すぐにでも頬を近づけたい欲望に駆られた。ボートが進むにつれ、寿美子の顔は次第に近づいて来た。彼女の顔や身体からオーラが放たれ、良太の全身を包み込むようであった。
4に続く

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