初恋慕6

その6)
(気分転換)
「おい神崎、待てよ。お前も自分勝手だなあ。細谷が来ないと分かるとさっさと帰ろうとするんだからな」畑中は5段外装変速の自転車を巧みに操作しながら、良太の後を追った。
「そんなんじゃないよ。子供の遊びに飽きただけだよ」良太は後ろも振り向きもせず、全速力で飛ばした。その場から一刻も早くいなくなりたかったのだ。
「どこへ行くつもりだよ」
畑中の声を聞き流した良太は緑地公園東門から出て、直線距離にして1kmほどの馴染みの駄菓子屋へと無意識の内に向かっていた。
先ほどまでは幾分、残っていた青空も今ではすっかり雲に覆われ、時刻は3時過ぎにも拘らず夕方のような暗さが迫って来ていた。今にも雨が降りそうな様子で、木々の梢もざわめき始めた。カラスも異様にそわそわと空を舞い始めていた。
「おばちゃん、ソースせんべいと梅ジャムね」駄菓子屋に着くと畑中はそう言いながら、10円玉をガラスケースの上に置いた。
「僕はニッキ棒が良いかな」
「おい神崎、見ろよ。爆竹があるぜ。気晴らしでもするか」
「いや爆竹は音がでかいから2Bで良いよ」
「じゃあ、2B一箱ね」
「どこでやろうか」自転車に乗りながら、良太は言った。
「鈴木んちまで行ってみるか。家の前が川だから丁度良いじゃん」
「そうだな、水の中で爆発させるのも面白いかもな」
二人は玉川神社を右に見て、カトリック教会の白い塀が左に続く急坂を自転車で一気に転がり下りた。玉川神社の境内では毎年、盛大な秋祭りが催された。本堂に続く参道には所狭しと何十もの夜店が軒を連ねた。神社に隣接する敷地内には、慈眼寺という寺があり、奥に広がる墓地は子供達にとって恰好の肝試しの場所となっていた。
この付近一帯は神社と寺とカトリック教会が相互に醸し出す、独特の雰囲気が漂う地域だった。その神秘性が子供達の想像力を刺激したものだった。そこに成育する木々の一本一本、長い石段の一歩一歩に良太を育んだ、幼少時からの思い出が消えることなく刻印されていた。
7に続く
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