夢解析器35

「こんにちは、ふぁーあ」A氏は挨拶と同時にアクビをした。
「Aさん、どうされましたか。いきなりアクビをされて」受付嬢は驚いた様子だった。
「朝方の雷で僕は寝不足なんですよ。夢か現実か分からない状態がずっと続いてました」
「そんなひどかったのですか。私は全く気付かず熟睡してましたわ」
「あなたは苦労がなくて良いですね。雷と雨の音に悩まされて全く寝た気がしませんでしたよ」
「それはお疲れ様でした。それではさぞ変化のある夢を見られたことでしょうね。さあ奥へどうぞ」受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと案内して行った。
彼は席に着くとすぐ睡魔が襲って来た。今朝も通勤バスの中でしばし熟睡し、下りるバス停を間違えそうになったほどだった。
ドアをノックする音がかすかに聞こえ、目を開いた時には心理士も既に席に着いていた。
「Aさん、良くお眠りでしたわね。お疲れのようですね」
「はい、今朝方の雷雨で寝不足なんです」A氏はアクビをやっと噛み殺した。
「へえ、そんな大雨が降ったのですか。私は全く知りませんでしたわ」
「あなたもあの雷に気付かなかったとは幸せで良いですね」
「はい、私は一旦、眠ると何があっても朝まで目が覚めないのです」
「僕も普段はそうなんですが、今朝は特別でした。一旦、目が覚めた後は床の中で夢と現実の世界を行ったり来たりしてましたよ」
「では、その時の様子を再現してみましょう」
機器のセッティングを終えた心理士がモニターの電源を入れると画像には6畳ほどの部屋が映し出された。
「あ、これは僕が中学時代から使っていた二階の部屋です。今朝、雷の音に目が覚めて、その音を聞きながら寝てたら、夢でこの部屋にワープしていたのです。しかもこの部屋でも雷は同じように鳴っていたのです」
「では条件は同じで場所だけが変わったということですね」
「僕は昔の部屋で雷の音を聞き、土砂降りの雨の音を聞きながら、今日は午前中休もうと考えていました。雨がひどいし、こんな寝不足じゃ朝から職場へは行けないと勝手に判断してしまったのです」
「この画面ではどなたか女の方がベッドメーキングをされてますね」
「あ、これは僕の姉です。彼女は僕の部屋の隣に自分の部屋を持ってました。何故、彼女が僕の部屋にいたのか分かりません。現実には僕の部屋に来たことなどなかったからです。その前には母親が入って来てたようです」
「あなたは時たま目覚めて部屋の様子やら本当の時間やらを確認されていますね。でも、すぐに昔の部屋の情景へと戻っています。あなたにとって中学時代の部屋が余程、印象深かったのでしょうねえ」
「そうかも知れません。僕は40年前の場所で早く職場に休みの連絡を入れなくちゃと焦っていました。その内、9時10分前になったのです。そこで、良いタイミングだと思い電話を入れることにしたのです。その辺りで夢から覚めました」
「では夢の中では午前中休まれるつもりだったのですね」
「はい、そのつもりでいました。ところが枕元の目覚まし時計を見たら未だ5時だったのです。僕は半ばガッカリし、半ばホッとして再び寝たのです。それから1時間ばかりは夢は見ませんでした」
「そうですか。それで起きられたわけですね」
「はい、中途半端な気持ちで起きたので納得行きませんでした。半休を取っていたはずなのに、仕事に行かなくてはいけないと考えただけでドッと疲れたのです。本当は休みたかったのですが、月曜は会議が3つもあるので休む訳には行かなかったのです」
「それは精神的にも肉体的にもお疲れでしたわね」
A氏は半日以上経った今でも未だ眠かった。睡眠不足の影響は一日中あるものだった。


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夢解析器34 後篇

後編
「Aさん、この時、何してらしたのですか」心理士は聞きづらそうではあった。
「ちょっと先生には言えません。ご想像にお任せします。彼女とある部分の膚が触れ合っていたことだけは確かです」
その時モニターでは誰かの腰が上下するのが映っていた。
「はい、もう結構です。どなたですか、この女性は」
「良く見ると今いる職場の心理療法士です」
「それでは私と同じ職種ではないですか。まあ、嫌らしい。前からAさん、目をつけられてたのですか」
「いえ、彼女をそんな眼で見たことは一切ないので、何故こんな夢を見たのか不思議なのです。さらに不思議なことは次の日に彼女とコピー室で会い、カフェテリアでも近くの席で食事をしたのです。特に会話はしませんでしたが」
「本当ですか。夢に出て来ると言うことは、あなたの潜在意識が何か彼女の魅力を感じていたのでしょうねえ」
「これで一日目は終わりです。さっそく時間がないので、二日目に移りますか」A氏は早く窮地を脱したかった。
モニターにはどこかの野球グラウンドが映っていた。金網の外から試合を眺めていた。
「僕はやがてバッターとして呼ばれる筈なんですが、順番がなかなか回って来ないのです。ソフトボールの試合だったんで、こんな狭い場所なんです。僕は待ちくたびれて友達とふざけ合っていました」
モニターからグラウンドは既に消えていた。
「Aさん、ソフトボールに多少は関心があったようですが、あまり深入りはしなかったようですね」
「はい、その通りです。放課後たまに試合をするぐらいで心から打ち込んだという訳ではありません」
「ですから夢でも印象が薄いのですね」
続いてモニターには30年以前のA氏自宅前の野原が映し出された。そこでA氏は下の息子とキャッチボールをしているようだった。草はボウボウと生え、野原の両側と向こうには建売りの家が密集していた。ほんの狭い空き地で二人は遊んでいたのだ。
「僕は彼と思いっきり遊びたかったのですが、何故かその草むらは遊びづらかったのです。そこで遊ぶことに僕も子供も大層、気を使っていました」
「そうでしょう。この草むらでは上手く遊べませんねえ。周りの家も近くに迫っているみたいですしね」
「場面は確かに30年前なのですが、遊んでいる時代は非常に現在に近い過去なのです」
「その時間的隔たりが確かに夢、特有の現象ですね」心理士は同情を込めて、気兼ねして遊ぶ子供の姿に見入っていた。
解析室の窓から見える都会もビルが密集し、そこには子供達が羽を伸ばして遊べる野原や草むらは既に地上から姿を消していたのだった。




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夢解析器34 前篇

前編
「こんにちは。今日はどんよりした一日でしたね」
「こんにちは、Aさん、お久しぶりですね。曇りなのに蒸し暑かったですね」
「昨日は会議が二つもあったり月末の締めやらで忙しかったのです。でもどちらも無事に終わり一段落しました」
「それは良かったですね。二日分の夢は憶えておられますか」
「さすがに一昨日の夢は完全に消えかかっています。印象的な部分だけが断片的に残っているだけです」
「そうですか、お話ししている間にまた思い出されるかも知れませんね。では奥へどうぞ」受付嬢は廊下奥の緑の扉へとA氏を導いて行った。
A氏は部屋に入り、窓から陰鬱な梅雨空のような秋空を眺めていた。
やがてドアにノックがあり、心理士が天気とは裏腹の明るい声で入って来た。
「あら、お久しぶりですね。Aさん、お元気でしたか」元気をくれる声であった。
「はい、元気ですが、昨日忙しかったので少し疲れ気味です。最近は週末になると疲れが溜まってしまいます」
「そうすると夜はぐっすり眠れるでしょうね」
「はい、朝晩涼しいので良く眠れます」
「それでは一昨日の夢からお聞きしましょうか」心理士はそう言いながら、機器類のセッティングをほぼ済ませモニターの電源を入れた。
モニターには学校の教室や廊下が映し出されていた。ポスターや展示品で飾りつけられていた。前に先生らしき人が歩いていた。
「僕は恐らく他校の文化祭に行ったのだと思います。前を歩いているのは先生のようですが、実は今の職場の元上司なのです。半年前までほぼ3年間、一緒に仕事をして来ました。僕は心の底から彼を慕っていたのかも知れません」
「そうですね。何も言わずただその方の後をついて行くのは余程、思い入れが強かったのでしょう。今の上司の方とは違うのですか」
「今の上司とはあまり親身になって話したことがありません。どうも上手く打ち解けられないのです。ですから余計元の上司が恋しくなったのでしょう」
暫く廊下を歩いて行くと前方左に三人の女子中学生がこちらを見ていた。
「この方たちはどなたですか。あなたに注目しているようですね」
「彼女達は僕の中学時代の同級生です。真中の生徒が僕の初恋の人です」
「え、ちょっと映像を止めてみましょう」心理士は慌てて停止ボタンを押し、モニターに顔を近づけて彼女をまじまじと見つめた。
「可愛らしい女の子ですね。Aさんも全くその頃から隅に置けなかったですねえ。初恋は実りましたか」彼女は結末が気に掛かる様子だった。
「いや、告りはしましたが、実りませんでした。彼女の左にいる目のクリクリした細い女の子に気兼ねしてしまったのです」
「どういうことですか」
「その子が最初、僕のことを好きだったのです。ところが僕は彼女の友達を最終的には初恋の相手に選んだのです。そこで僕は告りはしたものの、以前僕のことを好きだった彼女のことを傷つけるわけにもいかずに結局、二人から身を引いたのです」
「Aさん、女の子に対して細かい気遣いをされるのですね」心理士はほろっとしたようだった。
モニターのコマを送ると文化祭の場面はいきなり途切れ、そこには畳敷きの個室が現われた。
「あっ」とA氏が叫んだ時には目の前には大写しの女性の顔があった。その女性は特に美人というわけではなかったが、男の気を引くタイプではあった。
彼が叫び声を上げると同時に性感感知器のランプが点滅し、ブザーが鳴り出した。モニターには彼女の恍惚とした顔から裸体に近い上半身が映し出されていた。その下半身は陰になり残念ながら良く見えなかった。


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夢解析器33 後篇

後編
そこには黒のベッコウ眼鏡をかけ、左肘を不自然なくの字に曲げたO次長の横顔が見えた。その途端、A氏はモニターから顔を背けた。
「Aさん、あなた、よほど彼のことが苦手なのですね。以前も何度か夢に出て来られた話は聞いておりましたが、未だに悩まされているのですね」心理士は同情を込めた魂を打つ言葉遣いだった。
「そうなんです。僕はO次長が夢に出て来ると、まるで蛇に睨まれた蛙同様なんです。全く身動きができず、カチカチになってしまうんです。20年経って未だこの影響力なんで、彼の毒素がいかに強かったか分かってもらえるでしょう」A氏は眼を細めた。
「分かります。モニターを通しても彼独特の陰湿さが伝わって来ますもの。面と向かったらどんな脅威かお察し致します。眼鏡の奥によどんだ彼の眼は落ち窪んで一体、どんな策略を秘めているのか全く予想もできませんわ」心理士は思わず身震いした。
「僕は入社二年目から彼の元で七年間仕事をしたことになります。その当時のことを思うと今でも身の毛がよだちます」
「あなたもそんな上司の元で良く辛抱されましたね」
「当時は不思議と辛抱しているという気がしなかったのです。人間とは良く出来たもので、嫌な苦手な相手ともいざとなれば、無難に立ち居振る舞いができるもんなのですね」
「あなたは当時、自分を相当、押し殺していたのだと思います。もしかすると嫌な相手さえも無理に好きになるように、心が心に嘘をついていたのかも知れません。その操作は時として無意識で行われることが多いので本人は全く気付かないのです。そこでAさんのように20年以上、経過した後に本当はO次長が嫌いだったという真実が潜在意識によって明らかにされたのです」
「全くその通りです。僕は当時から彼を嫌っていたと思います。でもそれを認めたら彼の部下として仕事ができないことも知っていたのです。僕が採った手段は先生がおっしゃられたように、自己の思いを抹殺しO次長を好きだと思い込むことでした」
「思い込みによって確かに仕事上はその場を切り抜けられたことでしょう。ところがあなたは自分の心に嘘をついたことで心に大いなる歪みを生じさせる結果となったのです。その歪みが20年経った今、やっと補正されようとしているのです」彼女は感慨深げに言葉を結んだ。
モニターには食堂の中での食事風景が映し出されていた。その中でO次長はA氏の左隣に座っていたのだ。
「こういう時に限って嫌だと思う相手が隣に座るのですよ。僕は夢の中でさえも偽善的発想をしてるんですかねえ。自分が嫌になりますよ。僕は隣に座られた彼が目障りで仕方なく、早く食事を終わらせたいとの気持ちで一杯でした」
「そのお気持ちは私も良く分かります。嫌な相手と同席して食事するのは本当に苦痛ですからねえ。潜在意識は決してあなたを苦しめようとしてO次長を隣に座らせたのではないのです。あなたが既に彼に対する耐性を得られたことを知った上で、彼のイメージを根こそぎ抹消させる目的であなたに対峙させたのです。その結果、あなたは勝ちました。とうとう本音でO次長を嫌っていることを夢の中で白状できたのです」
心理士は独特の論理でA氏の心の成長を結論付けた。
「そう言って頂けて僕も嬉しいです。これで僕はまた一つ真実の心に迫ることができました。有難うございます。これでO次長の亡霊に悩まされることもなくなった気がします」
窓の外、遥か遠方には高層ビルに隠れるようにして山々の峰が連なっていた。今、正に山の端に沈もうとしている夕陽は最後の輝きを振り絞って山々に掛かる綿のような雲を茜色に染めていた。
「Aさん、何を見てられるのですか」
「先生、後ろをご覧なさい。遠くの雲が茜色に染まって山々を覆っていますでしょ。僕はO次長が出て来た悪夢も、夕陽の輝きが包み込んで、その中で昇華してくれてるように感じるんですよ。だから日の出より日の入りの方が好きなんですねえ」
「ほんとうに綺麗な夕焼けですねえ。昔はもっと夕焼けが日常に溶け込んでいた気がしますねえ。夕焼けが心を癒す力をもっと評価しなくてはいけませんねえ」
二人は雲が茜色を失う迄ずっと色の移り変わりを楽しんでいた。いつしか二人は肩を寄せ合うようにして気持ちも一つに溶け合って行くのであった。



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夢解析器33 前篇

前編
「こんにちは、今日も良い天気ですねえ」
「こんにちは、Aさん。朝晩は涼しくなりましたが、日中はまだまだ暑いですねえ」
「少しずつ秋の気配が感じられますね。心なしか淋しくなりますね」
「Aさんは感傷的なところがあるのですね。夜は良く眠れますか」
「はい、睡眠はしっかり取っています。朝方、良く夢を見ます。今朝は二部に分かれて見ました」
「そうですか。夢のお話しは解析室でゆっくりとお聞きしますので、どうぞこちらへおいで下さい」
受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと導いて行った。
彼は窓に近づくと高い秋の空を見上げた。透き通った空にはすじ雲が広いキャンパスに思い思いの図柄を浮き立たせていた。
やがてノックの音と共に心理士が部屋に入って来た。
「Aさん、窓から何か見えますか」彼女はA氏に近づいて行った。
「あ、こんにちは、先生。ここから雲を見てたんですよ。秋の空は深みがあって彼方の世界を連想させるんですねえ」
「Aさんはロマンチストなのですねえ」
「そうかも知れません。涼しくなると昔が思い出されたりもするのです」
A氏は右横に立って同じ空を眺めている心理士に知らず知らず、にじり寄っていた。やがて二人の二の腕同士が触れ合うと彼の体には快い電流が走った。彼女のひんやりした皮膚の感触と産毛が擦れ合うサラサラ感はA氏の心臓の鼓動を高めるのに充分だった。心理士も同じ様に感じていたのか、その身をA氏から離そうとはしなかった。
「それではそろそろ始めましょうか」A氏の幻想を打ち砕くように心理士の快活な声が耳元で響いた。
「はい、お願いします」彼はテーブルの向こうの席に着いた。
「昔を思う秋にAさん、良い夢を見られましたか」
「良い夢ならご相談に来なくて済むんですがねえ」今まで明るかった彼の表情が途端に曇り始めた。
「Aさん、またうなされでもしたのですか。過去にこだわり過ぎるのも良くありませんよ」
彼女は機器をセッティングし終わるとモニターの電源を入れた。
そこには駐車場が映し出され、片隅にボストンバッグやダンボールが山積みされていた。
「これはどこの駐車場ですか」
「家内の実家近くの駐車場なんですが、僕は狐に鼻をつままれたみたいでした。よくよく冷静になって考えると、そこまで列車で来たような気にもなって来ました」
「かなりの分量の荷物ですね。手で運ばれるつもりだったのですか」
「いや、それはとても無理です。実家までの距離は半端じゃなかったのです。僕は結局、近くのレンタカー屋に行って、車を借りることにしたのです。財布を見ると、そこの会員カードも入っていました」
「それは良かったですね。その後、どうなりましたか。実家には無事に着かれましたか」
「いえ、夢はいつものように突然、そこで終わってしまったのです」
モニターには確かにレンタカー会員カードは映し出されたものの、そこで映像は途切れていた。
「僕は夏休みに車で二度も家内の実家に帰ったのです。その時の記憶が未だ鮮明に残ってるのかも知れません」
「そうかも知れませんねえ。実家には義理のお父様・お母様がいらっしゃるのですか」
「いえ、二人とも数年前に亡くなりました。でも夢の中では二人が実家で僕たちの到着を待っているという設定だったのです」
「きっとご両親の霊が夢の中であなたを呼んでいたのでしょう」
「先生、夏は過ぎたんですし、あまり背筋が寒くなる話は止めましょうよ」
「分かりました。それでは次の場面に移ってみましょう」
モニターにはビルの2階にある大きな事務所が映し出された。そこでは終業間際で慌しく社員が動き回っていた。
「僕は20年以上前に勤めていたG工業の同僚と事務所にちょうど帰って来たところでした。どんな経緯で外出していたかはいつもながら全く思い出せません。とにかく仲の良い同僚と事務所に帰った時点から話しが始まったのです」
「この事務所にはG工業の方しかおられないのですか」心理士は鋭い質問をたまに発する。
「いえ、モニターの右端に見える体格の良い人はH氏と言ってG商事の人です」
「G商事とG工業はどんな関係ですか」
「G商事はG工業が製造した機械を販売しているのです。工業が親だとすれば商事は子供です。夢の中ではその二つが合併したようなのです。だからH氏もG工業の事務所にいたのです」
モニターではH氏が興奮して盛んにあちこち飛び回っていた。
「彼は何であんなにも興奮していらっしゃるのですか」心理士は笑いをこらえている風だった。
「家族用に買った商品がいつ届くのか出荷係に確認してたのです。すぐに入り用な商品しいので泡を食ってたんです。相撲取りみたいな体で事務机が一杯の、狭い通路を走ると見てる方がハラハラするんですよね」
「私にとってはハラハラというより滑稽に見えますわ」
やがて騒ぎは一段落した様子で皆は机の上を片付け始め、帰り支度を済ませた者から外に出て行った。そこで場面は大衆食堂にいきなり移った。
「皆さんで食事なさるおつもりだったのですね」
「そうです。僕は気の合った同僚と二、三人で外食を食べるつもりだったんですが、総勢5人ぐらいになりました。その中に僕の苦手なO次長が入っていたのです。画面の左を見て下さい」

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夢解析器32 後篇

後編
「先生、あまり興奮されないで下さい」A氏は必死に彼女をなだめようとした。
「ああ、済みません。私の体内の血が逆流したようでした。もう大丈夫です」
彼女がダイヤルを戻した時にはM科長の映像は掻き消えてしまっていた。
「Aさん、あなたM科長のことが好きなんですね」彼女は単刀直入に聞いて来た。
「はあ、それは好きかも知れませんがね。彼女は僕より年上だし、顔も十人並みだし、普段それほど考えたことはないのですよ」
「でも、あなたは彼女を抱き締めたかったのでしょう」
「ええ、確かに潜在意識ではそのようだったみたいですねえ」A氏は他人事のようにとぼけてみせた。
「彼女も抵抗していた様子はなかったですねえ」
「そうなんですよ。不思議にも全く僕のなすがままに従っていたのです。普通の彼女からは想像もできない反応でした」
「え、Aさんあなた、普段もあんなことを現実でしているんですか」
「まさか、職場であんなことはできっこありませんよ。ただ以前、話しの中でボディーランゲージとして、すり寄って肩と肩を接触させるぐらいのことはありました」
「その時、彼女の反応はどうでした」心理士は異常に興味を示していた。
「ええ多少身を引くようにはしてましたけど、まんざらではないようでした。でも夢の中でのように積極的に係わることもなかったのです」
「それはそうでしょう。夢の中ではAさんの思いだけで彼女は動かされていたわけですからね。夢は単にAさんの思いが結集していただけなのです」心理士は最後を強く締めくくった。
やがてモニターには二人の医師がパソコンに向かっている様子が映し出されていた。
「このお二人はお医者さんのようですね」
「はい、僕と同じ職場のK医師とS医師です」
「その方たちはパソコンに向かって何をしているのですか」
「実は僕も前後関係が良く思い出せないのです」
「それでは少し前の場面に戻してみましょう」
心理士は機器の巻き戻しスイッチを押した。すると大きな部屋に模型の鉄道線路が敷き詰められた情景が目に飛び込んで来た。
「あ、少し思い出しました。僕はこの部屋で線路を組み替えながら模型の鉄道を走らせていたのです。そして隣の部屋に行くと二人の医師がパソコンに向かっていたのです。何か全く話しがつながんないですねえ。困りましたねえ」
「夢とは全く関連性のない出来事が連続して起こる場合もあるのです。あなたが線路をつないでいたのは小さい頃の体験が思い出されたからでしょう。先生たちが現われたのはM科長の場面と関連付けられているのかも知れませんね」
「あ、きっとそうです。僕がかつて外来でM科長と話しをしていた時、良くそばをK医師は通り過ぎて行きました。それに僕の中で彼は胡散臭い存在で、病院では金食い虫と思っています。患者の評判は悪いのに給料だけは格段に高いからです」
「でもK医師とパソコンとはどう結び付くのですか」心理士の中で医師とパソコンの取り合わせは理解できないものだった。
「僕はたまに医局に行くことがあるんです。医局には医師たちの机が並んでいるんですが、入る度にK医師はパソコンに向かって遊んでいるんです。その姿が僕の脳裏には鮮明に焼き付いています」
「はあ、それで分かりました。その記憶が夢の中で現われたのでしょう」
モニターには二人の医師がパソコンに興じている様子が執拗に映し出されていた。
その時、何の前触れもなく心理士は立ち上がり、A氏の目の前で診察衣をスカートもろとも腿の辺りまでたくし上げた。A氏の目には白く引き締まった彼女の太ももが炸裂した。彼の心臓は激しく高鳴り、血圧は急上昇し、勿論、機器備え付けの性興奮感知器はブザーと共に赤ランプの点滅を繰り返した。A氏は鼻血が出そうになる鼻をハンカチで押さえなくてはいけなかった。
「先生、いきなりどうされたんですか。僕は生涯でもこんなに興奮したことはありませんよ」
A氏は盛んに冷や汗を拭っていた。モニターからは二人の医師はすっかり姿を消し、白い太ももから更に奥の映像が波打つように映し出されていた。
「Aさん何故、私が恥ずかしさにも耐えて、あなたにもろ肌を見せたかお分かりになりますか」心理士は診察衣とスカートを元に戻してA氏の眼をじっと見つめた。
「はあ、僕の神経を集中させるためですか」
「そうです。半分正解です。さっきまでのあなたは二人の医師にある意味、心を奪われた状態だったのです。それは好ましい事ではありませんでした。あなたの心には憎しみと妬みが渦を巻いていたからです。彼らが夢に出たのもあなたが彼らに未だに敵対心を燃やしていたからなのです」
「そうですか。普段はあまり意識はしていませんでした」
「現在あなたは経済的困窮にあると以前、おっしゃってましたね。あなたの心には医師の高給が羨ましいという感情が鬱積した形で埋没していたのです。私はその感情に危険を感じましたので、身体を張ってあなたの意識を性的関心に振り向けたのです」
「先生はご自分を晒してまで僕のことを思ってくれたのですか」A氏は胸が熱くなるのを感じた。
「憎しみに心を奪われるのはいたって危険です。あなたの心から生きる意欲さえも奪うからです。憎しみに心を破壊されるよりは性的関心で心を鼓舞した方がよほど健全なのです」
「有難うございました。先生、これからも僕を鼓舞し続けて下さい」
A氏はテーブル越しに右手を伸ばし、心理士の頬を愛おしそうに手の平に包み込んだ。
「Aさん、今日は特別だったのですよ。加算料金を請求しておきますからね」彼女は小悪魔的な笑みを浮かべると機器の片づけを始めた。
窓の外には駆け足でやって来る秋の夕暮れが忍び寄り、近くの繁華街で点滅するまばゆい赤や紫の光が二人を夜の街へと誘っているようだった。


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夢解析器32 前篇

前編
「こんにちは、先日は二人でお騒がせしました」
「こんにちは、いえ奥様もいつでもお待ちしておりますわ」
「今日は秋晴れですね。朝晩も涼しくなりましたよね」
「そうですね。気持ちの良い、過ごしやすい季節に入りましたね」
「夏が終わると物悲しいですよね」
「あら、Aさん、秋に特別な思いでもあるのですか」
「いえね、秋には人を恋する思いが高まるんですよ。不思議ですねえ」
「そうですねえ。寒さに向かうと人のぬくもりが恋しくなるのですかねえ。私も暗い中、一人暮らしのアパートに帰ると急に淋しさを感じますよ。誰かいてくれたら良いのにと思うものです」
「そんな時は僕を呼んで下さい。すっ飛んで行きますよ」
「え、Aさんがですか」
「いや、冗談、冗談ですよ。心配しないで下さい。僕は夢で良い思いを味わったから良いのです」
「本当ですか。羨ましいですね。彼女ができたとかですか」
「まあ、それに近いですね、ハハハ」A氏は適当にごまかした。
「それでは奥にどうぞ」
受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと導いた。
A氏は受付嬢の背後にそっと忍び寄ると彼女の両肩に手をかけた。
「きゃー、Aさん、ちょ、ちょっと止して下さいよ」彼女は振り向きざま彼の手を払い除けようとした。
「あ、失敬、失敬。夢の中のようには上手く行かないものですね」A氏は全く悪びれる様子もなかった。
「Aさん、奥様がいないと急に大胆なことをされますね。女はいきなり背後から迫られると恐怖だけで満たされるのです。それに心積もりもないのに触られるのは不快だけを感じます」彼女はいまだにプリプリしていた。
「それでは前もって心積もりができていれば話は別ということになりますね」
「それは相手次第ですけどね。女の側にも触れられたい男性を選ぶ権利が当然あるのです。それとタイミングです。幾つかの条件が完璧に揃わない限り、女は男性に無闇に触られたいとは思わないものです。男の方は私たちを大分、誤解しているようですわ」
「男はいつでも準備が整ってますけど女性は違うのですね。良く勉強になりました」
「Aさんも女性には正面から正々堂々と近寄って行って下さいね。そして何より相手の気持ちを大事にして上げて下さい。では中で少しお待ち下さい」
A氏は検査室で待ちながらも手の平に残ったふくよかな案内嬢の肩肉の感触に暫し浸っていた。手の平は皮が厚いようでいて、神経は細やかに張り巡らせてあるのに驚くばかりであった。手の平や指先からの刺激は常に快く、瞬時にA氏の脳に到達するのであった。
そんな感触に酔いしれているとドアにノックの音がし、心理士が入って来た。
「こんにちは、Aさん。今日はお一人なのね」
A氏はノックの音に敏感に反応し、既に立ち上がって彼女の前に立ち塞がっていた。
「こんにちは、先生。今日は全く一人ですよ」言うなり、彼は彼女の両肩に手をかけた。
心理士は多少びっくりした様子だったが、特に彼の手を振りほどくでもなく、次第に平静にその行為を受け止めていた。
暫くお互いの気持ちを探るような二人であったが、心理士は静かにゆっくりと両手をA氏の腰の辺りに休ませた。彼は腰の感触を感じると途端にそわそわし出した。
「それでは解析を始めて頂きましょう」不均衡な状況を拭い去るように彼はその場を離れ席に着いた。
「そうね、始めましょうか」今度は呆然としたように心理士が彼に従って、A氏の向かいの席に着いた。彼女は先までの余韻を噛みしめているようだった。
「さっきは失礼しました」A氏は心理士が席に着くとポツリと言った。
「いえ、失礼でも何でもないわ。失礼と言えば、その気になりかけた私の期待に付き合って下さらなかった後半のAさんの方かしらね」彼女は無念さを秘めた微笑を返して来た。彼女はそんな思いを振り切るようにいつもより更に手早く機器のセッティングと済ませ、A氏の頭部にセンサーを貼り付けた。
二人が沈黙する中でモニターには一人の女性が肩を抱かれる様子が映し出されていた。
「あっ」とだけ心理士は声を上げ、映像に見入っていた。
「この方はどなたですか」彼女はやっと次の言葉を絞り出していた。
「この女性は同じ職場にいるM科長です。外来を担当しています」
「お顔が良く分かりませんが、あなたと同い年ぐらいですか」
「いや、少し上だと思います。正確な年齢は分かりません」
「あなたは夢でも先ほどと同じ事をされていたのですね。この様子だと夢の中での行為はもっとずっと積極的だったようですね」
モニターには陰の部分でA氏の手が彼女の胸をまさぐろうとしている仕草が見て取れた。
「この女性も目をつぶって、うっとりしてあなたのなす事に身を委ねていますね」心理士はいかにも悔しそうにモニター同期ダイヤルをつまんでいる右指に力を込めた。いきなりモニターはピピーという音と共に映像が中断した。

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夢解析器31 後篇

後編
「それでは奥様に取り付けさせて頂きます。痛くないですから、ご心配なく。Aさんからはがしたのをそのまま貼られるのは気持ち悪い、いやですねえ、ご夫婦なのですからそんな事はおっしゃらないで下さいね」
「頭に電気が流れるなんてことはないでしょうか」
「お前、大丈夫だって。電気椅子じゃないんだから、そんなこと心配するなって」A氏は横から口を挟んだ。
「奥様、Aさんの言われる通り、電気が流れるなんてことはありませんからご安心なさって下さい。センサーは奥様の脳波を検知して、その電気信号を解析器に送っているだけですから、ごく微弱な電流しか流れておりません」
「それを聞いて安心しましたわ。主人の頭では問題なくともデリケートな私の頭では問題が発生するかも知れないと心配してたんですの」
「何でお前の頭がデリケートで俺の頭が鈍感なんだよ」A氏はムキになり始めた。
「まあAさん、抑えて下さい。今は奥様の診断の番なんですからね。それで奥様の夢はどんなだったのですか」
「はい、起きる寸前に見た夢で私はうなされてしまいましたの。主人が約束通り7時に起こしてくれなかったものですから、私は寝過ごして余計な、見なくて良い夢まで見てしまいましたの」
「どうしてお前はそう、人のせいばっかりにするのだ」A氏は我慢し切れず、再び口を挟んだ。
「Aさん、少し静かにしていて下さい。今は奥様と私が話しているのですから、Aさんは黙っていて下さい。必要ならお声を掛けますからね。奥様、その悪夢をお話し下さいますか」
「はい、私は寝ながら喉にナイフを突きつけられていたのです。そして起き上がろうにも起き上がることができませんでした。トイレにも行きたかったのにどうしようもなかったのです」
「それは物騒な夢ですね。世の中には凶暴な事件が起こってますからね。個人の夢も世間の動きに影響されることもあるのです」
モニターにははっきりした凶器は映っていなかった。彼女が目覚めた直後の映像にはボンヤリした中で、子供の足らしき物が彼女の首の辺りに伸びていた。
「奥様、あなたは息子さんと寝てられますか」
「はい、下の子と寝ております」
「彼の寝相はどうですか」
「夜中じゅう動き回っているようです」
「それが夢の原因かも知れませんね。お子さんの足がたまたま奥様の首に乗った時に圧迫感を感じられたのでしょう。それが夢で凶器となっていたのです。最近、精神的な脅威は感じてられませんか」
「上の息子に私は馬鹿にされているのです。それが脅威と呼べるかどうかは分かりませんが、彼に口で対抗することはできません。言いくるめられてしまうのです」
「口で太刀打ちできないというのも一種の脅威かも知れませんねえ。母親は息子の脅威に対して無防備ですからね。息子がそんなことするはずがない、言うはずがないと信じ切っているだけに、予想外の言動をされた時はショックが隠せないのです」
「全くその通りですわ。息子の変化に私はついて行けないのです。私の中には息子たちの幼少の時のイメージが強く残っているので、現実の彼らの成長をそのままで受け入れられないのです」
「それはどの親御さんにも共通する悩みでしょう。母親は特に自分の息子には肉体的にも精神的にも余り変化して欲しくないというのが本音みたいですね。昔のままの可愛いさを保っていてくれるのが願いらしいです」
「そうなんです。保守的かも知れませんが、時間に止まってほしいと思うことさえあるほどです」
二人の女性の会話は延々と続くようであった。A氏はあきれて今では口を挟む意欲さえ失くしたみたいで、二人の会話を聞くでもなくただ呆然としていたが、そろそろ暇に耐え切れない時間となっていた。
「もう、そろそろ結論に持ってった方が良いんじゃないですかねえ」
「そうですね。特に問題はございませんが、出来るだけ早く息子さんと別々に寝られた方が良いように思われます。どうかお互いに子離れ、親離れなさってみて下さい」
「はい、分かりました。どうも有難うございました」
「今日は二人でお邪魔して、お手数をお掛けしました」


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夢解析器31 前篇

前編
「こんにちは、今日は天候が怪しいですね」
「こんにちは、朝から小雨が降ってますね。9月に入った途端に涼しくなった感じですね。今日はお二人ですね。奥様でいらっしゃいますか」
「はあ、今日は初めて家内を連れて来ました。二人でも大丈夫ですか」
「勿論、大丈夫ですよ。奥様でしたら家族割引が適用されます。今日はお二人とも受診されますか」
「はい、二人で受けようかと思っています」
「それでは先生にその旨、お伝えしておきますね」
「宜しくお願いします」A氏の妻は深々とお辞儀をした。
「では奥へおいで下さい」
受付嬢は二人を廊下奥の緑の扉へと導いた。
「しばらく中でお待ち下さい。あ、奥様は初めてでいらっしゃいましたね。それでは検査室の中までご案内致します。どうぞお入り下さい」
「僕一人の時とぐっと待遇が違うんですねえ」A氏は不満そうであった。
「あなた、こんな所でひがまないで下さいね」妻は彼をたしなめた。
「いえ、この研究所は女性の方を大事にしておりますので申し訳ありません。こちらの椅子にお掛けになって暫くお待ち下さい」
二人は並んで解析器が置かれたテーブルの前に座った。
「あなた、立派な所ね。受付の方も親切ね。それにこんなにも見晴らしが良いのね」
「今日は曇りだから視界が悪いんだ。晴れていれば右前方に富士山も見えるんだよ」
「そうなの、雲を下に見るっていうのも気分が良いものね」
そうこうする内にドアにノックがあり、心理士が入って来た。
「こんにちは、お待たせしました。今日はお揃いで良くおいで下さいました」
「はあ、主人がいつもお世話になっております。主人から良く先生のことは聞いております」
「そうですか。Aさん、奥様にどんなことをお話しになったのですか」心理士は別に心にやましい思いがある訳ではないが、多少どぎまぎした。
「はい、僕は先生に夢を理論的に解析して頂いた結果を家内に報告しているだけですよ」A氏は落ち着き払って答えた。普段から妻の突っ込みには慣れていたからである。
「あ、そういうことですね」心理士は一安心して息を継ぎ、そして続けた、「どちらから解析されますか」
「僕の方が簡単に済むと思いますので、僕から始めて下さい」
心理士は自分を取り戻し、いつものように慣れた手つきで機器をセッティングし、端子センサーをA氏の頭部数ヶ所に貼り付けた。
「昨日はどの様な夢を見られたのですか」
「目覚めた早々に憶えていたのは一つだけです。その後、朝食を食べている最中にもう一つの夢を急に思い出しました」A氏は薄れかけた記憶をしきりに呼び覚ましている様子だった。
「では忘れかけている方の夢から探ってみましょうか。通りに面した店内が映し出されているようですね」
確かにモニターにはどこかの店内が映し出され、幼児が左手に立ち老婆が右手、土間口に立っていた。そしてガラス戸外の左手すぐ近くには大きなトラックが停まっていた。それは工事現場に出入りするトラックのようであった。
「ここに映っている子供は僕の下の息子です。多分、2,3才の時の様子でしょう。そして右手土間に立っているのは僕の母親で未だ元気な時の様子です。この子が小さい時に母は病に倒れましたので、二人が一緒に過ごす時間はかけがえのない時間だったのです」A氏が横を見ると妻は眼を潤ませ、しゃくり上げているのが分かった。
「Aさんはここで何をされてたのですか」
「僕は宅急便の到着を待っていたのです。実はこの情景自体は20年以上前のものです。今の家が建てられる以前の古い店なのです。そこに下の息子が出て来たのは全く不思議なことです」
「もしかしたらお母様の霊がお孫さんに会いたがっているのではないでしょうか。それをAさんの潜在意識が感知されたのでしょう」
「そうですか。僕もこのところ母のことが気になって、今月中にも墓参りに行こうと予定していたとこだったんですよ。思いが通じましたかな」
「きっと、お母様も待っておられますよ。ところでモニターに映ったお店は未だあるのですか」
「いえ、お店は20年ぐらい前に閉めてしまいました。建て替えた後、ミシンだけは残して細々と洋服直しだけは10年ほど続けていましたが、今は全く何も商売していません」
「それでは古いお店にAさんの思い入れが強く残っておられるのですね」
「その通りです。夢に必ず出て来るお店はこの当時のものだけです。僕が10代、20代と多感な時期を共にしたお店なのです」
「この夢は結末がはっきりしない内に消滅してしまったようですね。それでは2番目の夢に移りたいと思いますが、ここはビデオ屋さんでしょうか」
モニターにはレンタルビデオ屋のカウンターらしき所が映し出されていた。A氏はそこでスタンプ帳を店員に差し出しているようだった。
「僕はスタンプが3つ溜まったので店員に見せた所、その店員が隣の客にスタンプシステムの説明をし始めたのです。それで僕は必要以上に待たされました」「そのことを抗議でもされましたか」A氏の普段の性格を知り抜いている心理士はすかさず質問した。
「いえ特に抗議してはいません」
「どうしてですか」彼女は納得できなかった。
「それは店員の人が僕の知り合いだったからです。同じ教会の仲間だったのです」
「そうですか、分かりました。それでAさん、大人しく聞き従っていたわけですね。仲間といってもこちらの方はAさんより大分、年配のようですね」
「5才ほど離れています。コンピューター関連の機器扱いについては皆から一目置かれています。夢の中でも僕は彼にフロッピーディスクを渡してデータの書き込みを依頼していたのです」
「はあ、それでAさんが待たされても抗議をされなかった理由が分かりました。でも何故、教会の方が店員として夢に出て来られたのでしょうねえ」彼女は納得できなかった。
「それはですねえ、最近、僕は何回か教会を休みました。さらに彼が主宰する聖書研究会にも半年以上出席していません」
「それですよ。あなたは彼に言い知れぬ負い目を感じているのです。その精神的プレッシャーが彼をあなたの夢に登場させたのでしょう」
「へえ、そんな精神的プレッシャーの感じ方があるのですねえ。心とは全く不思議なものですなあ。僕のことばかりで家内の時間がなくなりそうなので、彼女とそろそろ交替しても宜しいでしょうか」
「はい、勿論、結構ですよ。ではモニターを外させて頂きますね」
心理士は手早くA氏からモニターを外して行った。

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夢解析器30 後篇

後編
「Aさん、いきなり根本的な質問をされますねえ」心理士はあまりの唐突な質問に一瞬、色を失った感じだった。
「僕はほぼ毎日、先生に夢を語って解析して頂いて、もう1ヶ月経ったわけです。僕は夢の解析自体に意味があるのか今、一度考えてみたいと思ってるんです」A氏は深く思いを巡らしている様子だった。
「私はこの研究所を開設した当初から、夢解析は意味あるものだと信じて来ましたから、今更その効果を疑うつもりはありません」彼女はA氏の言い分を良く理解できていなかった。
「僕が言いたいのはですね、確かに夢の解き明かしは深層心理を知る上では意味があると思います。また学術的な面でも意味があるでしょう。でも僕のような一般人にとって、夢を解析して頂くことが実利につながるかどうかと言うことが知りたいのです。金をかけて何かしてもらうには普通、見返りを期待しますからね」
「Aさんの言わんとすることが少し分かりかけて来ました。夢を解析することでどんな具体的メリットがもたらされることになるか、それを知りたいとおっしゃるのですね」
「正にその通りです。何かメリットはあるのですか」A氏は身を乗り出していた。
「具体的メリットという面から言えば、立証は難しいかも知れません。夢を解析したからと言って、すぐさま経済的に豊かになるという性質のものでもありません。また夢の解き明かしに従ったお陰で幸運が舞い込んで来るという単純な状況ではないのです。現代社会は様々な事象が複雑に入り組んでいるからです。夢自体も複雑に入り組んだ夢が多いのです。解き明かしも一筋縄では行かないのです」
「はあ、それで僕も訳の分からない夢を多く見るのですね」
「そうです、夢には過去や実際に体験した出来事だけでなく、全く架空の出来事も入り混じって現われて来るから複雑なのです。その中で夢解析の具体的メリットは簡単に指し示すことはできません。出来ることと言えば、夢に隠された心の本心を知ることです」
「心の本心とは本音のことですか」
「そう言っても良いでしょう。あなたは夢の中でのみ、あなた自身の本心を見ることができるのです。日常生活では本心は建前に上手く隠されているのです。特に社会では誰もが本心を見せずに建前で生活しています。従って遂に欲求不満になるのです。ストレスが溜まるのです」
「確かに僕も以前は欲求不満やストレスに悩まされましたが、今は全く精神的負担を感じていません」
「当時は空を飛んだりプールで泳いだりした夢を見られたようですね。どちらも全身を使ってどこかへ移動するという点から、現状打破を望んだ潜在意識があなたを夢で泳がせたのです。空を泳いで飛ぶのは現状の仕事に満足していないことを表わしています。また水の中で手足を動かすのは性的欲望がはけ口を求めているのです。いずれにしろ欲求不満には変わりないのです。あなたは少なくとも根本的な欲求不満からは開放されて来ているようですねえ」
「僕も最近は先生に空を飛んだり、泳いだりする夢で相談に来たことはありません。これは良いことなのでしょうか」
「少なくともあなたは現状の生活に根本的な不満はないと言えるでしょう」
「と言うことは夢を確認することで、現状の生活が満足の行くものかどうかの判定も出来るってことですね」
「全くその通りです。夢にはあなたの目指した方向が示されているのです。あなたは船が羅針盤に基づいて針路を決めるように夢の指示に基づいて進む道を決めれば間違いはないのです。そのために私があなたをサポートして差し上げているわけです」
「そうですか。良く分かりました。今後とも宜しくお願い致します」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
窓の外からはオレンジ色の夕陽が差し込み、二人の深まった絆を祝していた。燃え尽きようとする夕陽の輝きが二人に明日への希望を約束しているようだった。




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