夢解析器34 後篇

後編
「Aさん、この時、何してらしたのですか」心理士は聞きづらそうではあった。
「ちょっと先生には言えません。ご想像にお任せします。彼女とある部分の膚が触れ合っていたことだけは確かです」
その時モニターでは誰かの腰が上下するのが映っていた。
「はい、もう結構です。どなたですか、この女性は」
「良く見ると今いる職場の心理療法士です」
「それでは私と同じ職種ではないですか。まあ、嫌らしい。前からAさん、目をつけられてたのですか」
「いえ、彼女をそんな眼で見たことは一切ないので、何故こんな夢を見たのか不思議なのです。さらに不思議なことは次の日に彼女とコピー室で会い、カフェテリアでも近くの席で食事をしたのです。特に会話はしませんでしたが」
「本当ですか。夢に出て来ると言うことは、あなたの潜在意識が何か彼女の魅力を感じていたのでしょうねえ」
「これで一日目は終わりです。さっそく時間がないので、二日目に移りますか」A氏は早く窮地を脱したかった。
モニターにはどこかの野球グラウンドが映っていた。金網の外から試合を眺めていた。
「僕はやがてバッターとして呼ばれる筈なんですが、順番がなかなか回って来ないのです。ソフトボールの試合だったんで、こんな狭い場所なんです。僕は待ちくたびれて友達とふざけ合っていました」
モニターからグラウンドは既に消えていた。
「Aさん、ソフトボールに多少は関心があったようですが、あまり深入りはしなかったようですね」
「はい、その通りです。放課後たまに試合をするぐらいで心から打ち込んだという訳ではありません」
「ですから夢でも印象が薄いのですね」
続いてモニターには30年以前のA氏自宅前の野原が映し出された。そこでA氏は下の息子とキャッチボールをしているようだった。草はボウボウと生え、野原の両側と向こうには建売りの家が密集していた。ほんの狭い空き地で二人は遊んでいたのだ。
「僕は彼と思いっきり遊びたかったのですが、何故かその草むらは遊びづらかったのです。そこで遊ぶことに僕も子供も大層、気を使っていました」
「そうでしょう。この草むらでは上手く遊べませんねえ。周りの家も近くに迫っているみたいですしね」
「場面は確かに30年前なのですが、遊んでいる時代は非常に現在に近い過去なのです」
「その時間的隔たりが確かに夢、特有の現象ですね」心理士は同情を込めて、気兼ねして遊ぶ子供の姿に見入っていた。
解析室の窓から見える都会もビルが密集し、そこには子供達が羽を伸ばして遊べる野原や草むらは既に地上から姿を消していたのだった。




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