ボーダーラインワーク2

その2)
Iに伴われて行った先は新宿公園の裏手にあるボーリング場だった。そこは駅から離れた場所にあったので客は割合、少なかった。特に平日の昼間はボーリング客もまばらだった。
ボーリング旋風が巻き起こってから7、8年は経過していたにも拘らず、女子プロボーラーは未だ健在だった。そのボーリング場にも専属の女子プロがいた。近くで見るとやはり眩しかった。
僕が配属になったゲーム場からボーリングのレーンは良く見えた。そこで練習する彼女の後ろ姿に僕は見とれていた。太腿から腰にかけての曲線が何とも魅力的だった。
ボーリング場に劣らず、ゲーム場も暇だったので、Iは僕に仕事を任せてボーリング場の従業員と賭けピンボールをしていた。負けた方がジュースを奢ったり、食事を奢ったりしていた。時には金の受け渡しも見かけた。
僕は時たまボーリング場の従業員に只でゲームをさせて上げた。その見返りととして場内の欅というレストランで洋食をご馳走になったことがあった。その時、近くで女子プロが食事をしていたので僕は緊張した。
そのレストランで食べたのは一回きりで後は、地下の社員食堂で夕食を取った。日替わりメニューで美味しく量も多かった。特に若い方の栄養士は気が強かったが絶品の料理を出してくれた。
そのボーリング場にある日、人気絶頂だった北の海関が彼女二人とやって来た。僕はその時、不遜なことをした。両替に手渡された千年札を両替機に入れたは良いが、横綱に百円玉を取らせてしまったのだ。
百円玉の排出口は小さく横綱は辛うじて大き過ぎる手で百円玉を取り出していた。僕は今でも百円玉を自分で取って手渡せば良かったと後悔している。北の海関はゴム毬のようにボーリング球を転がしていた。
そのゲーム場の真中にはクレーンゲームがあった。三本の指でお菓子を摘み上げるゲームだ。その景品には煎餅が多かった。Iは僕に煎餅の山を作って取りやすいように指示するのが常だった。
下敷きになった煎餅は割れたり粉々になったりした。それを僕はビニール袋に入れて家に持ち帰った。ある晩、ビニール袋片手に新宿公園横で帰路を急いでいた僕は突然、巡視警官から呼び止められた。
「君はそのビニール袋に何を入れているんだね」僕は最初、盗みを咎められたのかと思い、びくっとした。ところが警官の尋問の意図は違っていた。ビニール袋の中にシンナーが入っているか確かめたらしい。
「最近、公園内でシンナーを吸っている若者が多いので失敬しました」と言いながら、ビニール袋の煎餅に半ば驚きながらも、訳は聴かず警官達は立ち去って行った。僕は一先ず胸を撫で下ろし、帰路に着いた。
3に続く

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