初恋慕11

その11)
(揺れる思い)
赤い糸で結ばれていたのか、神の導きかは定かではないが、良太は三年間、寿美子と同じクラスだった。毎年クラス替えがあったにも拘らず、同じであったのは珍しいことだった。彼はできれば離れたいと思った時期もあった。お互いに思いを通じ合えたのに、急に冷えてしまった自分の心を良太自身、許せなかったからだ。
冷えた心を荒んだクラスのせいにして、敢えて寿美子に言葉を掛けようともしない自分に、良太は歯痒くもあり腹を立ててもいた。
2年C組には番長も副番長も揃っていた。副番長の永田が寿美子に興味を持っていると聞き及んだ良太は、益々彼女との仲を気づかれないように遠ざかる他なかった。次第に色香が漂い始めた寿美子の周りに群がる男子生徒を横目で見て、彼女を遠くから見守っていた。彼女の良太を見返す瞳の中にも、徐々に満たされぬ恋に対する諦めの影が忍び寄って来ていた。
忘れ去りたい悪魔のような暴力教室の一年はじりじりと、でも確実に過ぎ去って行った。中学になって三度目の春が来て、E組にクラス分けされた良太は、開放的な気分を味わっていた。「番長の竹井も副番長の永田もE組にはいない」廊下に貼り出されたクラス替え表示を見た彼は、一人呟いていた。
「おい、神崎。また細谷と一緒のクラスだなあ」見ると畑中が後ろでニヤニヤしていた。
「あ、そうだな。お前とは一緒になれなくて残念だったな」良太は過去を知る畑中とも今回、離れたクラスで内心ホッとしていた。
新しいクラスで顔馴染みは少なかったにも拘らず、良太は相変わらず寿美子と疎遠にしていた。彼女以外に彼の気を引く、転校生の女生徒、豆白洋子の存在が大きかった。良太は彼女に一目惚れした。色白でつぶらな黒い瞳が印象的だった。成績がクラスの上位で理知的で澄ましたところが、寿美子にはない魅力だった。
そんな良太の浮気心を寿美子に引き戻す出来事があった。卒業を間近に控えた音楽の時間に、寿美子が「学生時代」を独唱したのだ。
「何て上手いんだろう」良太は聴き終って、胸を打たれるほど感動した。彼女がこれほど正確に心を込めて歌えるとは予期していなかった。何よりも感情がこもり、三年間の様々な思いがその歌に凝縮されていた。
無心に歌う天使のような寿美子の澄んだ歌声が、良太の胸にいつまでも消えることのない余韻を響かせているのであった。そして彼女の遥かな憂愁を秘めた深い湖のような瞳が、決して消えることなく良太の瞼に焼きついて離れることはなかった。
12に続く

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