夢診療所37

その37)
(繰り返す夢)
「こんにちは」A氏は晴れ晴れとした様子で入って来た。
「こんにちは、Aさん。今日はすっかり疲れが取れたようですね。良く眠れましたか」
「昨夜は早く床に就くことができ、ぐっすり眠れましたよ」
「それでは、あまり夢もご覧にならなかったのでしょう」
「そうですね。大きな夢は見ませんでした。過去に何度か見た夢の繰り返しです」
「同じ夢を何度もご覧になるとは、よほど印象深い経験をされたのですね」
「はい、昨夜は過去にタイムスリップさせるTV番組があったのです」
「何ですか、それは」
「ビートルズ来日のドキュメンタリー番組です」
「ビートルズですかあ。私も音楽は好きですが、来日の時は生まれていませんでしたよ」
「それはそうでしょうねえ。何しろ40年も前の話ですからねえ」A氏は当時を振り返っているようだった。
「ビートルズが夢に結びついたお話は、奥で伺いましょう。それではどうぞ」受付嬢はA氏を廊下奥の緑の扉へと導いて行った。
「この中でしばらくお待ち下さい」
A氏がビートルズの曲を口ずさみながら待っていると、ノックの音と共に心理士が入って来た。
「こんにちは、Aさん。ご機嫌ですね。何の曲を歌われていたのですか」
「はあ、ビートルズの曲です。イエスタデイです」
「あの曲はいつ聞いても良い曲ですよねえ。私もそれを聞くと、当時が思い出されます」彼女も当時を思い出しているようだった。
「先生もビートルズが来日した時のことを憶えているのですか」
「あら、いやだ。私はその当時、5歳ぐらいでしたから、何やら大変な人達が外国からやって来たという記憶しかありませんわ。テレビで武道館公演を見ていたら、おじいちゃんがこんな騒がしいもの聞いたらいかんと言って、テレビを切ってしまったのです」
「そうですか。それは残念でしたね。当時、ビートルズに反感を持っていた大人は多かったようですからねえ。昨夜のドキュメンタリーでも、当時の人々の反応が良く描かれてましたよ」
「ええ、私も見ましたわ。当時、一番大騒ぎしていたのは警察だったようですわね。あんな警備が厳しく、不自由な中でよくビートルズも演奏したものですねえ」
「そうですよ。ミュージシャンの来日ではないみたいですよねえ。僕は当時、中学生でしたが何故、少年少女、特に少女達があんなに騒ぐのか不思議でなりませんでした。音楽は確かに新鮮ではありましたが、涙を流して失神するほどの感動を与えるとは思えなかったですよ」
「私も彼らに熱狂したことはないので、当時の社会現象は理解できません。若者たちが何かに取り付かれてしまったみたいですね。ではAさんの夢に入りましょうか」心理士は既にセッティングを終えた機器の操作をすると、モニターに勉強部屋が映し出された。
最終回に続く

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