短篇 無法勢子 第4回

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(対外受精での巡り会い)
「え、体外勢矢って一体、誰ですか」
「体外勢矢ってのは、主人が体外受精用として病院に預けてある奴だよ。主人たちにはなかなか子供ができなかったんで、折を見て体外受精で子供を作るつもりらしいんだ。俺はそのチャンスを見逃さなかった。対外勢矢が旅立つ別れ際、俺は奴に頼んだ」
「何て頼んだんですか」
「病院で体外卵子ちゃんに出会う機会があったら、俺のことを話しておけって頼んだんだ」
「話すって言ったって、一体どうやって卵子に話し掛けるんですか」
「お前さんはどこまでも心配性だなあ。俺たちにはこうしてテレパシーで話す能力があるじゃないか。俺はテレパシーには自信を持ってる。かなり遠くにいる仲間とも交信できる。人間みてえに耳や口はないが、意思は通じるもんよ。何せ俺たちのミクロンの身体の中にゃ、遠い昔からの人類の英知が遺伝子に詰まって保存されてるって訳だからな」
「へえ、そんなもんですかね。僕は一代切りですべては終わると思ってました。僕の中にも人類の歴史が眠ってる訳ですかあ」
悲観勢矢は心なしか自信を持ち始めたようだった。
「そうよ、俺たちの身体は顕微鏡で見る程ちっちぇえが、心意気はでっけえんだぜ。俺だってお前さんみたいに、死ぬ前に誰でも良い卵ちゃんと話がしたかった。卵ちゃんの穴に飛び込みたかった。願えばチャンスは来るってもんよ。
主人が二度目に病院に行った時のことだった。主人が通された体外受精用の保管庫には、何と数え切れねえ程の卵ちゃんが保管されていたんだよ。何十人もの女体から抜き出したピチピチの卵子ちゃんたちが、適温に保たれたシャーレーの上で踊りはねてたよ。俺はもうビンビンに興奮して来ちまった。それでも俺はできるだけ興奮を静めて心の耳を逆立てた。するとはっきり聞こえたんだよ」
楽観勢矢は当時を思い返しながら、尻尾をピンと立て暫し恍惚とした表情になった。
「楽さん、あまりボーとしてると尿道の壁にぶち当たりますよ。気をつけて下さい。それからどうなったんですか」悲観勢矢は早く先を知りたかった。
「興奮が少し収まってから俺は心の耳を澄ました。すると卵ちゃんのひしめき合う音の中から、ひときわ快い魂をくすぐるような魅力的な声が響いて来たのさ。それがウランちゃんだったって訳さ」
楽観勢矢は今度はデレデレと身をよじらせた。そして続けた。
「主人はその部屋にどの位いたか知らないが、俺は彼女とずっと話し続けていた。その話の中で、俺は卵ちゃんたちの生活や女体の神秘を教えてもらったんだ」

(ウランとの出会い)
「えっ、女体の神秘ってどんなんですか」
悲観勢矢は今にもよだれをたらしそうな様子だった。
「俺にとっちゃウランちゃんと話すことが初体験だったんだ。だから彼女の口から飛び出す一言一言が言ってみりゃあ神秘的だった訳よ。彼女から応答があった時は心臓がときめいたぜ」
楽観勢矢は夢見るような表情でその日の出会いを話し始めた。・・ ・・ ・・ 
「聞こえますか。あたしに呼び掛けてるのはどなた。聞こえたら返事して下さいな」
「おお、良く聞こえるよ。あんたは卵ちゃんの一人かい」
「そうよ、ウランと言うの。これからはウランと呼んでね。あなたは勢矢さんの一人なの」
「そうだよ。俺は楽観勢矢って言うんだ。よろしくな。俺の友達から伝言を受けたのか、ウランちゃん」
「ええ、名前は忘れたけど、あなたの友達でテレパシーが強い人に、あたしに話したがってる仲間がいるって言われたわ。だからあたしずっと耳をそば立てていたわけよ」
「そうか、そうか、伝言が伝わって良かった。俺はずっと野郎の中で育てられて来た。母親だって知らないんだ。もちろん今まで卵ちゃんの誰とも話したことなんかない。だからこうしてウランちゃんと話してる俺は緊張しまくりなわけよ」
「あなた意外にウブなのね。あたしたちなんか、ここに長く保存されてると色々な勢矢さんたちから声をかけられることが多いのよ。あなたはここに保存されるために来たの」
「いや、俺は保存はされないだろう。主人Hが初めてこの病院に来た時に既に仲間が保存されてる。今日は二度目にここに来たんだ」
「あなたも保存されてお近づきになれれば良いのにね。そうすればもっと近くで話せるのにね」
「ああ、そうすれば君とじかにまみえる機会も訪れるかも知れん。そしてあわよくば君の中に入り込めるかも知れんな」楽観勢矢の妄想は膨らむ一方だった。
「あなた、想像し過ぎよ。どうしてあなた方は先走って物事を考えるんでしょうかねえ、楽さん」
「楽さんかあ。そう呼ばれるのもおつだねえ。いい感じだよ。ところでウランちゃんはどうしてここへ来たんだい」
「あたしの女主人は栗子って言ってね、男好きで結婚したんだけど、なかなか子宝に恵まれなかったのよ。そこでこの病院の産婦人科にかかる内にあたし達が抜き取られて検査されてたんだわ。あたしたちは健康そのものだったんですもの。問題がある筈ないわ。きっと旦那の勢矢たちに勢いがなかっただけなのよ」
「そうなのか。俺たちの役割は重大なんだな」
「そうよ。あなたたちにしっかりしてもらわなくちゃ困るのよ。あたしたちは卵巣の中でただじっと待ってるだけですもの。あなた方がそこまで到着しさえすれば、あたしたちだって扉を大きく開けて、受け入れる態勢は作れるわ。でもね、あなたたち勢矢軍団は勢い良く発射される割には段々推進力を失い、途中で挫折するのよ。最後の砦まで辿り着く元気者はほんの一握りなのよ」
ウランはさも残念そうにため息をついた。
「皆んな、だらしないんだなあ。俺だったらきっと最後の栄冠を勝ち取ってやるんだがな」。楽観勢矢は大言壮語を取り戻した。
続く 第5回へ

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